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―― 迷う心とタバコ味の……(23)
しかし……。
「俺、こんな格好で外出るの嫌だ……」
「諦めるんだな、何言っても許してもらえる筈はないからな」
啓太が他人事のように言う。 そりゃ、他人事だよな。 俺、こんなだったら、昨年の買い物のお供の方がよっぽどいいよ。
「メイクもばっちりだし、歩いてたらナンパされるかもね。くれぐれも、知らない人に付いて行っちゃだめよ」
そう思うなら、この格好で帰らせるの、止めてください、テルさん。
「じゃ、また帰ってこいよ、風邪とか引かないようにな」
父さーん、言う事それだけですかーーー!
「ちゃんと、家に入る前に写メ送らないと、もう一度罰ゲームやり直すからね」
姉ちゃん…… 鬼だろ、鬼。
俺は、屈辱的な格好で、渋々実家を後にする。
ワンピースの上に、着てきた自前のグレーのダッフルコートが、チグハグな気がするけど、少しでもワンピースを隠せるから、よしとしよう。
バス停でバスを待つ間、スカートの下から入ってくる風が冷たくて……。
「女の子って、こんなの着て寒くないのかなぁ。」
バスが駅に着いたのは、4時半過ぎ。
透さんとの待ち合わせにはまだ早い。 早めに着くように家を出たのは、駅のトイレかどこかで、着替えようと思ったから。
さすがにこのままで透さんに会うのは、嫌すぎる。
…… と、思ったのに……。
駅のロータリーに停まっている、見覚えのあるダークブルーの車。
あれ…… まさか…… と、思った瞬間、車のドアが開いた。
―― げっ! 透さん!
車から降りてきたのは、紛れもなく透さん。
距離は、10メートル以上ある。 女装なんてしてるんだから、いくらなんでも俺だと気が付くはずはない……。
そう思ったのに、なぜだか、透さんの視線は、一直線に俺の方を見てる!
なんで? なんでだ? 俺だって分かってるのか……、それとも……、女の子だと思ってまさかのナンパ?
あはははは…… まさかね……。
もう頭ん中ぐちゃぐちゃで、内心めっちゃ焦ってる俺の方へと、透さんはゆっくりと、距離を縮めてくる。
咄嗟に知らないふりをして、逃げようと思ったのに……
「直くん?」
名前を呼ばれて、固まってしまった。
う……っ、いくら何でも、透さんにだけは見られたくなかった。
「…… 直くんだよね?」
思い切り不思議そうな顔をしている透さん。
「…… はい、直です」
もう逃げる事も出来そうにもなくて、諦めて応えるけど、恥ずかしさで耳まで熱い。
「あの……、どうしてこんな格好を?」
透さんが、少し屈んで俺の顔を覗きこむ。
そ、そんな近くで見ないでー!
「えと、その…… 説明するから、車に乗ってもいい?」
周りの目が気になるのと、スカートの下に吹き込んでくる風が冷たくて、もう透さんに見られてしまった今となっては、一秒でも早く、車に乗り込みたかった。
「そうだね、寒そうだし、早く車に行こう」
クスッと笑いながら、透さんが俺の肩を抱き寄せて歩き出した。
「どこから、どう見ても女の子に見えるよ」
「そ…… そうかな、でもよく俺だとすぐに分かりましたね?」
「そりゃね、最初はまさかと思ったけど、直くんの顔を見間違う筈ないし。声をかけた時にはもう、直くんだと確信していたよ」
「そうですか……」
助手席側のドアを開けて、「どうぞ、お嬢様」と、ふざけてエスコートする透さん。
「う、やめてください」と、苦笑いするしかない俺。
でも、助手席に座ると、車の中は暖かくて、他人からの視線も気にならなくなって、やっとホッとすることができた。
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