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―― 迷う心とタバコ味の……(25)
車は、山手の方に向かって走り、そのうち閑静な住宅街に入って行った。
何処に行くのか、全く見当もつかずにいると、車が公園の前で静かに停まった。
「え?ここ?公園?」
不思議に思って、運転席へ目を向けると、透さんは、フロントガラスを指差した。
「前を見てごらん」
「…… わ……ッ」
車の前方は、行き止まりになっていて、ガードレールの向こう側に、都会の夜景が広がっていた。
たくさんの色の光が、あちらこちらに飛び散って、キラキラしていて、道路を走る車のライトが、すごく遠くで、ゆらゆら揺れているように感じる。
「凄い綺麗……。こんな住宅街から夜景が観れるなんて、思わなかった」
「でしょ?夏になると河川敷とかでやってる花火大会とか、ここからよく観えるんだよ」
「へえー、ここからだと、夜景と花火が一緒に見えて綺麗だろうなー」
「うん、綺麗だよ。夏になったら、一緒に観よう」
透さんが、そんな事を言うから、ふと、夏に透さんが浴衣を着て花火を観てるとことか、想像してしまう。
透さんの浴衣姿なんて、きっと粋に着こなして、すっげえ色っぽいだろうな。
「なんか、俺の顔についてる?」
「え、いや、何もっ!」
透さんの顔を見ながら、浴衣姿想像してたから焦って、何でもないふりして、前の夜景に目を向けてごまかした。
「本当に綺麗ですね」
「うん、外で観るのは寒いけど、車の中からも楽しめるし、ここは穴場だね」
なんかまるで、普通にカップルが夜景デートしてるみたい。…… なんて思うと、透さんが何故この場所を知ってるのかと疑問が浮かんだ。
―― 彼女とデートで来た事があるとか……?
そんな事を考えたら、少し気持ちがへこんでしまうなんて、俺、単純すぎるんだけど……。
「ね、直くん、車の中だし、寒くなければ、そのコート脱いで欲しいんだけど」
「え?コート?」
コート、確かに車の中は、暖房が効いていて暖かいし、コート着てると少し暑いかもだけど。脱いで欲しいって?なぜ?
「折角可愛い服を着ているのに、コート着てるとよく見えないから……」
はにかみながら、透さんが言った。
透さんと一緒にいることに夢中になってて、俺は、自分がこんな恰好してるなんて、うっかり忘れていたから、透さんの言葉に、ちょっとびっくり。
それに俺は、コートでこの恥ずかしいワンピースを隠してるんだけど?!
「服は、可愛いかもだけど、俺、男だし、よく見えなくていいよ!」
「駄目かな……」
透さんが、黒目がちな目を、パッチリと開けてお願いしてくると、こ…… っ断れないんだから!
「いい…… ですけど、恥ずかしいから、ちょっとだけだよ?」
うんうん、と頷く透さん。
姉ちゃんとか、テルさんとか、啓太とか、透さんまで、なんで皆、こんな変な格好が好きなんだよっ。
俺はシートベルトを外して、コートを脱いで後の座席に脱いだコートを置いた。
「これでいい?」
俯き加減でチラっと運転席を見上げると、透さんもシートベルトを外して身体ごとこちらを向いて、恥ずかしいくらい俺のワンピース姿をまじまじと見つめてくる。
「と、透さん、そんなに見られると……」
―― 恥ずかしい……
と、言おうとした言葉が、運転席から身を乗り出してきた透さんの唇に塞がれて、遮られてしまった。
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