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 —— 迷う心とタバコ味の……(44)

「…… あのう……」 「ん?」  今、俺の目の前には、色んな部屋の写真がパネルになって並んでいる。 「直は、どの部屋がいい?」  紫煙をくゆらせながら、部屋のパネルを真剣に見つめている、お兄さん。 「いや、あの……」  —— どの部屋がいいって言われても…… ね。  そう…、桜川先輩のお兄さんが連れて来てくれたのは、所謂ラブホテルだった。 「もう我慢できないんでしょう?」  —— それはそうだけど……。 「ここだったら、ゆっくり出来るし」  —— な、何をですかっ。 「ああ、もう、取り敢えず行こう」  お兄さんは、パネルの横に置いてある灰皿に煙草を揉み消すと、適当に部屋を選んで、俺の手首を掴んで歩き出す。  もう抵抗する気力もなく、とにかく部屋に入ったらトイレに篭ろうと思っていた。  ドアを開けて、お兄さんに背中を軽く押されて、先に部屋の中へ入って行く。  目指すはトイレ。  部屋を見渡し、トイレとバスルームに続いているだろう扉に向かおうとしたところで、後から腕を引かれて振り向かされてしまった。 「どこに行くつもり?」 「へ? …… あ、あの、トイレへ……」 「トイレで何するつもりなの」  何って、ナニだよ! って言いたいところだけど、そんなこと言えなくて俯いてしまう俺。 「こんな場所に来て、一人でする事ないでしょ?」  お兄さんの言葉は、俺がただ単に、トイレで用を足すことが目的でないことは知ってると、言っているようで……。  ま……、そりゃそうだよね……。  でも、一人でするしか無いと、俺は思うんだけど! 「薬、飲まされてるんでしょ? 大丈夫、俺がちゃんとしてあげるから」 「へ?」  —— 俺がちゃんとしてあげるから…… ?  すぐには、その意味を頭で理解できないでいると、お兄さんの両手が俺の頬を包んで、顔を上げさせられた。  その時、初めてお兄さんの顔をちゃんと見た気がする。  少しクセのある長い髪を後ろに無造作にまとめていて、俺を見つめる瞳は少し茶色がかってる。 桜川先輩にそっくりの切れ長の目。  少しふっくらとした唇と、しっとりとした表情は、桜川先輩よりも落ち着いた大人に感じた。 「直、可愛いね」  クスッと笑いながらそう言うと、惚けてうっすら開けていた俺の唇に、お兄さんの唇が重なる。  驚きで目を開けたままの俺は、至近距離で見つめられて、金縛りに合ったみたいに固まってしまってる。  ほんのりと漂っているのは、コロンの香りかな。 いい匂いだな……。  難なく唇を割り入ってきた舌は、すっかり抵抗を忘れた俺の舌を絡めとる。  ほろ苦い…… タバコの味がした。