68 / 351
—— 迷う心とタバコ味の……(44)
「…… あのう……」
「ん?」
今、俺の目の前には、色んな部屋の写真がパネルになって並んでいる。
「直は、どの部屋がいい?」
紫煙をくゆらせながら、部屋のパネルを真剣に見つめている、お兄さん。
「いや、あの……」
—— どの部屋がいいって言われても…… ね。
そう…、桜川先輩のお兄さんが連れて来てくれたのは、所謂ラブホテルだった。
「もう我慢できないんでしょう?」
—— それはそうだけど……。
「ここだったら、ゆっくり出来るし」
—— な、何をですかっ。
「ああ、もう、取り敢えず行こう」
お兄さんは、パネルの横に置いてある灰皿に煙草を揉み消すと、適当に部屋を選んで、俺の手首を掴んで歩き出す。
もう抵抗する気力もなく、とにかく部屋に入ったらトイレに篭ろうと思っていた。
ドアを開けて、お兄さんに背中を軽く押されて、先に部屋の中へ入って行く。
目指すはトイレ。
部屋を見渡し、トイレとバスルームに続いているだろう扉に向かおうとしたところで、後から腕を引かれて振り向かされてしまった。
「どこに行くつもり?」
「へ? …… あ、あの、トイレへ……」
「トイレで何するつもりなの」
何って、ナニだよ! って言いたいところだけど、そんなこと言えなくて俯いてしまう俺。
「こんな場所に来て、一人でする事ないでしょ?」
お兄さんの言葉は、俺がただ単に、トイレで用を足すことが目的でないことは知ってると、言っているようで……。
ま……、そりゃそうだよね……。
でも、一人でするしか無いと、俺は思うんだけど!
「薬、飲まされてるんでしょ? 大丈夫、俺がちゃんとしてあげるから」
「へ?」
—— 俺がちゃんとしてあげるから…… ?
すぐには、その意味を頭で理解できないでいると、お兄さんの両手が俺の頬を包んで、顔を上げさせられた。
その時、初めてお兄さんの顔をちゃんと見た気がする。
少しクセのある長い髪を後ろに無造作にまとめていて、俺を見つめる瞳は少し茶色がかってる。 桜川先輩にそっくりの切れ長の目。
少しふっくらとした唇と、しっとりとした表情は、桜川先輩よりも落ち着いた大人に感じた。
「直、可愛いね」
クスッと笑いながらそう言うと、惚けてうっすら開けていた俺の唇に、お兄さんの唇が重なる。
驚きで目を開けたままの俺は、至近距離で見つめられて、金縛りに合ったみたいに固まってしまってる。
ほんのりと漂っているのは、コロンの香りかな。 いい匂いだな……。
難なく唇を割り入ってきた舌は、すっかり抵抗を忘れた俺の舌を絡めとる。
ほろ苦い…… タバコの味がした。
ともだちにシェアしよう!