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扉一枚越し
それから数日間、三人での暮らしは取り敢えず滞りなく過ぎていった。幸弥もこの状況に慣れて、発情期でもなければ二人となんの気兼ねなく会って話せるくらい打ち解けていた。
ただ、時政と英臣との関係にはまだ溝が感じられるようであったが、それもその内解決されるだろう。幸弥としては、どうせなら三人で仲良く円満に過ごしていきたいと思っていた。
その日は珍しく、夕食後に寝室に来るようにと、時政から幸弥へ呼び出しがあった。
ーー寝室に呼ばれるってことは、やっぱり、ああゆうことすることになるのかな。
発情期のときに英臣に抱きついてしまい、逆上した時政に抱かれて以来、身体を重ねるという機会はなかった。
ーーどうしよう、顔が熱くなってきちゃったよ。変な顔になってないかな。
多分、今の自分の顔はのぼせたように赤くなっているんじゃないだろうか。こんな状態で寝室に向かったら、まるでこっちがそういうことを期待しているんじゃないかと思われやしないだろうか。と幸弥は悶々とした気持ちになり、せっかくの夕食のフィレステーキの味もろくに味わうことができなかった。
夕食後、一旦自分の部屋に戻ってパーソナルチェアーに腰を下ろし、一息ついて気持ちを落ち着かせてから、あくまで平常心といった格好を保ちながら、時政の寝室へと向かって行った。
扉をノックすると、中から時政の声が聞こえてきて、中に入って来るように促されたので「入りますよ」と言いながら扉を開けて、中へ入っていくと、時政はTシャツにジーンズといった.いかにもラフな格好でベッドに腰掛けていた。
「幸弥、こっちにこいよ」
呼ばれるままに時政の元へ歩み寄り、時政の隣に腰掛けた。時政は幸弥の肩を抱き、反対の手で幸弥の額にかかる長めの前髪をかき上げ、表れた額に口を付けた。
「今すぐ、お前を抱きたい」
覚悟はしていたつもりでも、いざとなると、心臓は鼓動を早め、ドクドクと苦しいくらいに脈を打っている。
「お前の方から誘ってくるのを待っていようかと思っていたが、それまでお預けくってるのも我慢の限界だ」
艶のある光を秘めた瞳で見つめられ、その視線を向けられるだけでも、呼吸が乱れそうになる。
「返事をしろよ。俺に抱かれたいか、抱かれたくないか」
ーー今の自分の顔は、絶対に真っ赤だ。
顔中から耳まで火が付いたように熱い。おまけに、なんて答えて良いものか分からず動揺してしまい、不安気な瞳は焦点が定まらずに、下方をキョロキョロと落ち着きなく動かしていて、口元も声も出さずに、パクパクと小刻みに動かしている。
ーー絶対に変な顔になっている。
幸弥は、そんな情け無い状況を打開したいとは思っているが、相手からのストレートな要求に、場慣れというものをしていないので、やはり、どう返せば良いのか迷ってしまう。
「時政さんのことは好きだよ」
はっきりとは言えなかったが、精一杯の気持ちで好意的な意図を示してみる。
幸弥としても、時政に色のある感情を向けられることに対して、決して否定的な感じはなく、むしろ、喜んで受け入れる気持ちであったか、どうしても引っかかるのは、もう一人の男の存在であった。
彼のことを考えると、素直に時政の心、そして肌の温もりを受け取って良いものかなのかと迷いが生じてしまう。
「好きなんだけど……」
「あいつのことが気になるのか」
思っていたことを指摘され、幸弥は時政の視線から逃げるように俯き、その顔に影を落とした。
「俺は、お前の中からあいつの存在を消してしまいたい。どうか俺だけを見ていて欲しい」
どちらかに振り切ってしまえば、どれだけ楽だろうか。幸弥の心は片方が上がれば、もう片方も打ち寄せ、纏わり付き、切り離すことができない。どちらかではなく、どちらもという状態で危ういながらもバランスを保っていた。
どちらか一方を決めなくてはと思ってはいるが、片方を失うとかえって、その存在が幸弥の中で圧迫するように膨れ上がってしまう。
「やっぱり、あいつはお前の運命の番ってやつなのか?」
「多分、……そうなんじゃないかと思う」
あらためて問われ、自分の中で思い巡らしてみても、やはり英臣は運命の番という存在なのだろうという結論がでる。抗い難く、彼に惹かれてしまう自分がいた。
幸弥は英臣の姿が視界に入るたびに、下腹部の子宮にあたる部分が疼き、彼の精液で孕む夢想をしてしまう。オメガの本能として、彼と番になって、子を成したいと願ってしまうのだ。
「どうしてあいつなんだよ。俺だってアルファなんだから、あいつと条件は一緒じゃないか。俺だってお前を孕ませることだってできるし、番になる権利だってある」
低く、淡々とした口調だが、その内には打ち付けるような強い語気がある。時政の言葉が耳に響くたびに胸が締め付けられそうになる。
「俺はお前を諦めないからな」
言い終えると時政は幸弥頭をおさえ、唇にキスをした。位置を変え、啄ばむようなキスを繰り返し、幸弥の瞳も蕩けたように虚ろになる。
「んっ、……はぁ、ふぁっ」
息が止まりそうになるくらい、何度も唇を吸い上げ、舌を口内へとねじ込ませてくる。
熱く、濡れた感触に口元が緩んできて、口角からは自然と唾液が滴り落ちてゆく。
「発情期じゃなくても、感じやすいんだな」
「うるさいなぁ」
確かにキスだけで、もう頭がぐらつきそうになっている。幸弥は目を逸らし、照れ隠しのように憎まれ口をたたく。
シャツのボタンを外されながら、口づけは首すじを伝い、下方へ向かうごとに幸弥の胸の鼓動は高まり、呼吸も乱れてくる。
「はぁ……ふぅ……んっ」
吐息の中に嬌声が混じり、時政の欲情を煽ってくる。しどけなく開かれたシャツの胸元の薄紅色の突起に唇が触れると、呼応するように声が上がる。
「ああっ……」
「悪くない反応だな。可愛いよ幸弥」
目元を細め、幸弥が十分感じていることを確認しながら、更に快感を深めてくる箇所を探し出し、追い詰め、高まるように触れてくる。
「匂いが強くなっている。感じてくるとフェロモンの量も増えてくるみたいだな」
オメガフェロモンから放たれる、甘美な芳香を嗅ぎ付けるように、胸の突起に高い鼻梁を擦り合わせる。
それから更に、指先を押し付けては摘み上げ、その刺激に反応して膨らみ、綺麗に形作られた薄紅色の突起を覆い尽くすように口内へと納めて、舌で搦め捕り吸い上げられると幸弥の口から悲鳴が上がる。
「あああっ!……はぁっ!……ああっ」
身体からは熱を発し、前は張り詰め、後孔からは欲しがるように蜜液が溢れ出し下着を汚した。
「下の方もキツそうだな」
時政は幸弥のボトムスを引き下ろすと、体勢を変えさせるために、幸弥の体をひっくり返し返し、四つん這いの格好にさせて、腰を持ち上げると、自分の下半身へと引き寄せる。
時政の熱い塊が触れてくると頸から背筋へと、一直線上に電流が走ったかの如くゾクッと痺れた。
獣のようにベッドに上半身を埋め、下半身は引き上げられ、幸弥は恥ずかしくて堪らなかったが、露わになっている白い双丘は溢れ出ている蜜液で艶っぽく濡れたその姿に、時政のほうは欲情をかき乱され、煽られていた。
その時、不意に扉をノックする音がした。
「時政様、 入ってもよろしいのでしょうか?」
英臣の声がする。幸弥はハッとして、顔を上げた。
「何で英臣さんが?」
「俺が呼んでおいたからだ、入って来いよ英臣」
幸弥は今の自分のあられもない格好を英臣に見られるなんて、考えるだけで目眩がする。
ガチャっと音がしてゆっくり扉が開かれたが、半分くらい開かれたところで、英臣が中の状況を目の当たりにし、すぐに目を逸らして。
「……失礼致しました」
と一言だけ発し、扉を閉じかけたが。
「待てよ英臣。扉は閉めなくていいから、そこで待機してろ」
時政は不敵な笑みを浮かべ、よく英臣に聞こえるよう張りのある声で、そんなことを口走った。
「な、何でそんなことを。嫌だ、扉閉めて」
幸弥の哀願を無視する形で、時政は幸弥の喉元に手を添えると、顎を引き上げて顔を上向かせる。
「聴かせてやれよ、中で俺を感じている時のお前のイイ声をな」
既に蜜液で蕩けたように濡れている後孔に、暑く屹立した雄を押し当て、中へと進入させた。
「はぁっ……!」
熱さと痛みで、思わず声を上げてしまったが、扉の向こうに英臣が居ることを思い出し、声を押し殺そうと口を固く閉じた。
「我慢することないぜ、存分に聴かせてやれよ」
長く整った指で固く閉じていた口をこじ開け、再び口が閉じられないように口内に指を突っ込み、咥えさせる。
「はぁ……んっ、ふぅっ……」
無理矢理開かれた口元からは、嫌でも嬌声が漏れ出てしまい、恥ずかしさで瞳に薄っすらと涙が滲んできた。
ほんの十数cmだけ、扉は開かれており。辛うじて、お互いに姿こそ見えてはいないが、行為により生じる音や艶めかしい声は英臣の耳に届いてしまう。
「ふぅ……あぅっ、んっ」
時政のモノをすっかり受け入れ、下腹部が熱く張り詰め苦しくて、幸弥は嗚咽を漏らす。
「いいよ、お前の中。思い切り俺のものを咥え込んで、搦みつくように締め上げてくる」
「やだっ……、言わないで……」
こんな淫らな状況を他の人に、ましてや英臣に聞かれる何て、絶対に嫌だ。扉の向こうに居る筈である英臣のことを思い、幸弥は羞恥心で胸が張り裂けそうになる。
しかし時政は容赦無く、自身のものを反動をつけながら、更に奥へと打ち付けてくる。
「あぁあっ!」
奥を突かれると、特に感じる弱い部分にぶつかり、思わず喜悦の声を上げてしまった。
「ここがいいのか、幸弥」
幸弥を喜ばせるように、感じている部分を重点的に刺激を加えていく。
「あっ……もぅ、やぁっ……あぁっ!」
耐えられないくらいに、敏感なところを攻められ、かき乱され、ついに幸弥は達し、射精してしまった。
「俺も、出すぞ」
中に熱いものが、一気に注ぎ込まれ、膨満感で苦しくなる。
「あっ……あっ……」
幸弥は、半分くらい意識が飛んでしまったように、虚ろな瞳で、全身の力は抜けてしまい、へたり込んでしまった。
「英臣、幸弥をバスルームに連れて行ってやれ」
時政は力が入らず、ぐったりとベッドで横になっている幸弥の上半身を起こしてやり、乱れた衣服を軽く整えながら、扉の向こうで律儀にも命令を守り、待機していた英臣を部屋の中へと入って来るように促し、幸弥の介抱を命じた。
英臣は無表情のまま部屋の中に入り、幸弥の身体を支えて、落ち着き払った様子で幸弥の介抱を行なっていたが、唯一、部屋を出ていく際に軽く振り返り、ベッドにまだ半裸で腰掛けている時政を一瞬だけ怒りの込もった黒い瞳で睨んだが、すぐに向き直り扉の前に立つと。
「失礼致します」
と一礼し、幸弥を抱えながら部屋を出て行った。一人部屋に残り、二人が出て行った扉を眺めていた時政は、髪をかきあげながら、サイドテーブルに置かれていたタバコを手に取り、火をつけると煙を燻らせ、その白い煙の流れをただただ、何の起伏も無いような表情で見つめていた。
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