3 / 3
第3話
「僕は正直、こんなに長く君と一緒にいることになるとは思っていなかったよ」
ベッドで愛し合った後、夕飯を軽く済ませた八城と神崎は、黒革のソファに腰掛け 例の日本酒を楽しんでいた。
「最初の頃は喧嘩ばっかりだったもんな」
「うん。…二人とも、だいぶ変わったよね」
「だな」
まさか二人の愛がこんなにも大きく育つなんて、付き合った当初は想像もしなかっただろう。
時にはすれ違い、時にはぶつかり、そうやってお互いを知っていった。
「きっと出会わなかったら、違う人生があったんだろうね」
「…後悔してる?」
「ううん。でも、周一はもともと…ゲイじゃないし」
「自分と出会わなければ、今ごろ誰かと結婚してたんじゃないかって?」
「うん…」
それは神崎にとって、ずっと心に引っかかっていたことだった。今まで聞けなかったのは、答えを知ることを恐れている自分がいたからだ。
「確かにそんな人生も幸せなのかもしれないな」
「…うん」
「でも今の俺には、お前がいない人生なんて考えられない」
まるで何でもないことのように八城は言う。
もうすでに心は一つに固まっているに違いない。
「これだけ長く一緒にいるんだからさ、家族も同然だろ?」
「周一…」
まるでプロポーズみたいだ、と神崎は思った。
誰かに愛されることが こんなにも幸せなことだなんて、七年前の彼は知りもしないだろう。
「君と出会えて、本当に良かった」
「きっと運命ってやつだろうな」
酔っているのか、八城は突然柄にもないことを言い出す。
思わず笑い出してしまいそうなセリフだが、この時ばかりは神崎も “運命”という不確かなものを信じるのも悪くない気がした。
「そうだね。きっと運命だ」
神崎は手に持っていたグラスをローテーブルに置き、恋人の肩に頭を預けた。
机の上には真紅のバラが生けられた花瓶と、高級感のある酒瓶。さすがに花束には驚かされたが、この日を生涯忘れることはないだろう。
「…なぁ、赤バラの花言葉って知ってるか?」
「ううん。知らない」
八城は甘えてくる男の右手を取り、指を絡めてそっと囁いた。
「“あなたを愛しています”」
【花*束】
ともだちにシェアしよう!