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第1話

段々と寒気が流れ込み朝夕と冷える日が多くなった。まだ少し早いかと思いつつ厚手の上着を羽織り、学校から徒歩で帰れる距離にある自宅、と言っても小さなアパートだが、体が冷える前にと帰路を急ぐ。帰り道にあるコンビニで夕飯を適当に買い、再び足早に歩き出すと何やら背後から迫る足音が。思わず後ろを振り返るとそこには上から下まで黒い衣服を身に付けた男の姿があった。 (…不審者?) 不審者情報など出ていなかった。教師という仕事柄そのような情報ならばすぐに耳に入るはずだ。そもそもここまで分かりやすい格好をした不審者が今時居るのかなどと考えを巡らせながら更に歩く速度を速めるが、その足音が遠ざかる気配は無い。流石に不気味に感じ背後を気にしながらもアパートがやっと見えてきたので胸を撫で下ろした。さあ、さっさと部屋に入ろうと方向転換したところで後ろを歩いていた男が突然、 「うおっ!?」 …走り出した。しかもアパートに向かって。突然のことに思わず声を上げてしまったが男は気に留めることも無く2階へ。それは俺の部屋がある階だ。 (待て待て待て、やっぱりあいつヤバい奴なんじゃ…) これはまずい、まさか自分がターゲットかと俺も急いで階段を駆け上がる。俺の部屋である202号室。そこへ男が先に辿り着いてしまう。俺はどうすることも出来ず咄嗟に口を開いた。 「お前!俺の部屋に何の用だ!?」 「………は?」 叫んだ時にはもう遅…くはなかった。というより、最初から遅いも早いも無かった。男は間抜けな声を上げ心底不思議そうに俺を見つめている。俺の部屋…の隣の部屋、203号室の前で。…男は不審者でもヤバい奴でもなく、新入りの隣人だったのだ。気まずい沈黙の後、俺は小声ですみませんとだけ伝えるとそそくさと部屋の中へ逃げ込み、黒歴史とも言えるこの出来事から逃れるよう早急に一日を終えた。

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