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第2話

次の日の朝。俺はいつもより若干早く学校へ向かい、朝の支度をしていた。職員室には数人、しかし皆バタバタと動き回っている。中途半端な時期だが新しく国語教師が着任するということで、今日は集会が開かれる予定だ。そんな中俺は一人意味も無く首を振り、ふとした瞬間に思い出す昨夜の出来事をもう忘れたのだと言い聞かせながら、予定が書かれたホワイトボードに目を向ける。 「…なんて読むんだ……?」 見慣れない名前はどうやらその国語教師のものらしい。歳だけは聞いていたが名前はまだ、聞いたような気もするが記憶が曖昧だ。しばらくホワイトボードと睨み合い、目を細めたり首を傾げたりしているうちにまた同じ疑問が声となって発された。 「なんて読むんだよ…」 「ながあめ、です」 背後から突如返されたその答えに一瞬感心するも、いや今の声は誰だ、いつの間に居たのだと物凄い早さで後ろを振り返る。するとそこに居たのは新入りの国語教師── 「…えっ」 「あ、」 であり、昨夜の不審者…否、隣人だった。 「昨日の不審者が不審者じゃなくて隣の部屋で教師で…?」 「…全部声に出てますけど。不審者ってなんですか」 呆れた表情で俺を見るその顔はやはり何度見ても昨日見た顔と同一人物だった。忘れたはずの記憶が強制的に戻される。後悔と羞恥で表情を歪ませると、大きな溜息を吐いた。 「…あんたが、今日から……」 「そうですね。今日からお世話になる霖千歳です。ながあめ、ですよ。よろしくお願いします。…ええと」 「あー…、新木湊です。よろしく」 「新木先生。よろしくお願いします」 流れで軽く自己紹介を交わし頭を下げる。しかしこれほどまでに酷い出会い方があるだろうか。昨日に戻れるのなら戻ってやり直したい。頭を下げたまま冷や汗をかきつつそんなことを考えているといつの間にか霖は自分のデスクへ移動していた。 「…うん?霖そこ?」 「ここって言われたんですが違いますか?2学年の担当ですよね」 「お前も2学年担当かよ…」 この期に及んで席まで正面。ここまで来るともはや運命か何かかと混乱する俺を他所に霖は口角を上げ、わざとらしく一言告げた。 「改めてよろしくお願いしますね、新木先生」 「……………よろしくお願いします…」 一体この時自分はどんな顔をしていただろう。どこか楽しそうに笑う霖の姿を睨んでいると、校内には朝のチャイムが鳴り響いた。

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