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第3話
正面に座る霖とは一切目が合わないよう必死に顔を背けながら仕事に励んだ一日は、いつもより何倍も長く感じた。普段とはどこか違う落ち着かない素振りを見せる俺に、周りの先生達も心配そうに…というよりは怯えた様子で大丈夫かと声を掛けてきたが、その全てに過去最高の作り笑いを浮かべて大丈夫ですと答えるしか無かった。大きな溜息を吐いて仕事を終える。そそくさとデスクを片せば迷わず席を立ち、陽が落ちて僅かな月明かりが照らす廊下を足早に歩く。すると背後から足音が──…って待て。デジャブか。慌てて後ろを振り返ると当然の如くヤツの姿があった。霖だ。
「………」
何か言ってやろうと口を開いたが色々な感情が渦巻いて言葉にならない。ただパクパク口を動かす俺を見て、霖が先に言葉を発した。
「どうしたんですか」
「…それはこっちの台詞だ」
霖の言葉に釣られる形でなんとか喋ることが出来た訳だが、言いたいことも聞きたいことも山ほどあってやはり脳が追い付かない。余計な考えを払拭するべく後頭部を乱雑に掻くと、俺は真っ先に今一番の疑問点を霖に突き付けた。
「お前…昨日、……昨日は、」
「…昨日は?」
「……っだーー!!!今日もだが昨日のはなんだよ!?なんで俺の背後を付いて来る!?流石に気味悪かったぞ昨日は!!」
「…ああ……それ、昨日からずっと気にしてたんですか」
「当たり前だろうが…お前のせいで今日一日最悪の気分だったぞ…」
「それは濡れ衣ですね。…でもまあ、すみません。昨日の行動にはちゃんと理由があります」
「…理由?」
霖がヤケに気になる言い方をするもので、俺は思わず首を傾げた。一体なんだと言うのだ、俺を巻き込んだその理由とは。
「道が分からなくて」
「……………………………は?」
予想外の答えに割と本気でキレそうになってしまった。しかし霖はそんな俺を他所に淡々と話を続ける。
「方向音痴なんです、俺。昨日も引っ越してきたばかりで、コンビニに行ったら来た道が分からなくなってしまって。新木先生のことは昼間に見かけてたので、救世主だと思いました。あの時貴方がコンビニに来ていなかったら俺はどうなっていたことか」
思いがけず褒められたのか感謝されたのか分からないが、なるほど、そう言われるとそこまで悪い気はしない。先程までの複雑な感情はどこへやら、霖の話を聞き終えると再び頭を掻きながら言葉を探す。
「…あー……、…そうか。なんだ…まあ、…色々悪い。お前が越して来たのも知らなかったもんで」
「それは仕方無いですよ。俺も挨拶に行けてなかったので。でも良いじゃないですか、まさかこんな形で会うとは思いませんでした」
本当にこれは運命か何かか。ここでの出会いが無ければ俺は霖のことを勘違いしたまま過ごすことになっていたかもしれない。
「誰だってびっくりだわ、こんなところで顔合わせるなんてな」
喋りながら自然と靴を履き替え帰る準備を整える。と、霖もその後に続き靴を履き替えた。
「お前も今日はもう終わりか?」
「そうですね。というか、そもそも新木先生の後ろを付いて行かないと帰れないのでなんとか帰りの時間を合わせました」
「…そりゃご苦労。でも背後付いて来んのはもう勘弁な。今日からは横歩け横」
「………分かりました」
意外にも素直に受け入れられた。しかし「今日からは」などとまるでこれからも一緒に帰るかのような言い方をしてしまった。
(…まあ今日はもういいか)
そんなことを考えながら霖と二人で学校を後にした。
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