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第9話
松川と野崎と別れた後、購買に寄り職員室へ戻ると適当に椅子を運び霖の隣へ向かう。周りの先生も出前を取ったり買って来たりと完全に休憩モードだ。そんな中、どうやら霖は自分で弁当を作ってきたらしい。
「俺とは大違いだな…」
広げられた弁当に目を向けつつパンを口へ運びながら思わず呟くと、霖が目を丸くしてこちらを見てきた。
「弁当ですか?」
「そ。俺は絶対作んねえから」
「毎日買うのも食費がかさむかと思って」
「…そりゃごもっとも」
「良かったら食べますか?」
そう言いながら差し出されたのは、これまた形もかなり整っていて見るからに美味そうな玉子焼き。差し出された、というかこれは──
「……自分で食うって」
あーん、っておかしいだろ。あまりにもベタな展開に笑ってしまいそうになるが、それを堪えて言葉を返す。すると無意識か否か、霖はどこか焦った様子で手を引いた。
「…す…すみません、そういうつもりでは」
「…ふ、ははっ…そういうつもりってどういう意味だよ。いいって、びっくりはしたけども」
俺の笑う顔を見るなり安堵の溜息を漏らせば、先程とは変わって箸を差し出してきた。
「…すみません、…どうぞ」
「じゃあお言葉に甘えて頂きますかね」
玉子焼きを箸で一口大に切り、そのまま口へ運ぶ。作ってから時間を置いてるにも関わらずふわふわとした食感が口の中で踊った。
「やっぱり美味いよなあ…流石、好きってだけあるわ」
「新木先生が美味しそうに食べてくれるのでありがたいです。偶には新木先生の弁当も作りますよ」
「…俺の?」
今なんて?こいつはサラリと凄い事を言い出すから油断出来ない。今の言葉も聴き間違いではなかったようで。
「新木先生の分も。ご迷惑でなければ、ですが」
「…いや、流石に悪いんだが…」
「毎日偏ったものばかり食べられても困るので」
「……お願いします」
今回は諦めるしかなさそうだ。何より栄養が摂れて更に味も美味い。断る理由が無かった。
「偶に、で…いいんで」
「ふふ、はいはい。気分で作ってきます」
「…あ、」
あの日、俺が霖の部屋に行った日に見た、あの顔だ。普段真面目な霖を見ていると、ふとした瞬間に和らぐ表情に見入ってしまう。
「…何ですか?」
霖に声を掛けられ我に帰る。慌てて首を振り、残りのパンを一気に口へ放り込んだ。
「何でもない」
「そうですか」
霖は返事を返しながら俺の姿に肩を揺らした。生徒達の言う通り、こいつは意外とよく笑うのかもしれない。
「…俺が知らないだけか」
「……今度は何ですか」
「…いや、」
…ぽんぽん口に出す癖を治したい。頭の中でぐるぐると考えていると再び霖が口を開いた。
「さっきから気になるじゃないですか」
まともな返事を返さない俺に痺れを切らしたのか弁当を突つく手が止まった。
「…、んん」
「俺にも関係ある話ですか」
俺が小さく唸って見せると霖は眉を下げてこちらを見つめてくる。関係ある、というか、完全に霖の事を考えていた俺にとっては図星を突かれギクリとしてしまった。
「いや…まあ…」
「?」
霖が首を傾げる。言葉を探して視線を彷徨わせていると、後ろから不意に声を掛けられた。
「お取り込み中失礼しま〜す…」
「うおっ!?」
「驚きすぎでしょ…」
霖の呆れ混じりの呟きが聞こえたが、頬を掻きつつ声の主へ視線を移す。
「…羽塚か、どうした。取り込み中でも何でもねえから安心しろ」
「だって二人が見つめ合ってるから〜!」
羽塚大紀。俺と同期の体育教師だ。たまに呑みに行ったり飯を食いに行ったり、そこそこ仲良くやっている。元気。明るい。体力馬鹿。この言葉はこいつの為にあるのではないかと錯覚するくらいにはやかましいが、決して一緒に居て居心地が悪いわけではない。
「…それは誤解だ。で、どうかしたのか?」
「ああ、そう!さっき校長が霖先生の事探してましたよ」
「校長先生が?俺何かしたかな…」
「はは、違う違う。上手くやれてるのか気になってるってお話でした。霖先生の事心配してるみたいです。なんでも孫に似てるとかなんとか…」
「ふは、気に入られて良かったじゃねえか」
「ありがたいですが複雑な気持ちになりますね」
苦笑しつつ席を立つ霖。羽塚に礼を言った後、去り際に一言残していった。
「もう満腹なので、申し訳無いですが残り食べてくれませんか」
そう言われ弁当を覗き込むと三分の一程度、中身が残っていた。まだ昼飯を済ませていないらしい羽塚が真っ先に目を輝かせる。
「えっ!食っていいんだ!?新木どれ食う!?」
「犬かお前は…まだ何も食ってねえなら好きなの食えばいいだろ」
「え〜〜迷うな〜〜」
「霖の飯は美味いから覚悟して食えよ」
「新木、霖先生の飯なんて食った事あんの?」
勢い余ってまた余計な事を零してしまった。しかしやましい事も無いので話を続ける。
「まあ。たまたま作ってもらったんだわこの間」
すると羽塚が興味深そうに、空いた霖の席へ座り込む。時計を見るとまだ15分程時間が残っていた。これは長い質問タイムが始まりそうだ。
「なになに、前から思ってたけど二人ってすっげー仲良いよね!」
「それ、さっき生徒にも言われたんだがそんなに仲良さそうに見えんのか?」
「むしろ見えないと思ってんの…?今だって一緒に飯食ってたし、帰りも一緒だって聞いたし」
「まあそれなりに良い方か。お前と俺の関係みたいなもんでしょ」
「あ!オレともまた飯食いに行こうな!」
「へいへい、しょうがねえなあ」
案外あっさりと話が逸れた。また変な事を口走らずに済みそうだ。その後どこに行くかと羽塚とまだ日にちも決まっていない食事のプランを立て、休憩終了5分前のところで霖も戻って来た。いつか三人でも行くか、などと他愛も無い話をしながら、その日の休憩を終えた。
その後の授業もいつも通りに進み、放課後。今日も何事も無く一日を終え──る、予定だったのだ。
…この時までは。
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