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第8話
朝支度をして外に出るとそこには既に霖の姿があった。端末の画面を見ていたがこちらに気付くと小さく頭を下げる。
「おはようございます。…すみません、朝まで付き合わせてしまって」
「はは、だから気にすんなって。おはようさん」
そんな事を言いながら軽く背中を叩いてやる。よっぽど気にしていたのだろうか、俺の言葉を聞くと若干表情が緩んだ気がした。
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霖がここに来てから数日経つが生徒からの人気は高い。整った顔立ちのせいか女子人気は相当だ。自分で言うのはなんだが俺もそこそこの人気ではないだろうか。この軽い態度が若者には丁度良いらしい。お互い授業の後も休憩中も廊下を歩けば生徒に囲まれている事がほとんどで、俺達が校内で話すのは職員室で一言二言程度だった。
午前の授業が終わり昼休憩に入ろうと購買に向かう途中。
(…まーた女子に囲まれてんのか)
そこには教室を出た瞬間女子生徒に捕まったらしい霖の姿があった。大人しそうに見える霖も賑やかなのは嫌いではないようで、いつも通り彼女達の話に耳を傾けている。その姿を眺めつつ素通りしようとした刹那。
「あ、丁度良いトコに荒木せんせーじゃん」
「噂をすればなんちゃらーってやつ!」
俺の話題になっていたのか。突然声を掛けられギクリと肩を跳ねる。声を上げながら俺に駆け寄るその生徒の名は松川結。その隣にくっ付いて歩いているのは野崎彩未だ。いつも俺に絡んでくる常連なのでこういう絡みは慣れていたが、自分の知らないところで、しかも霖と俺の話題を上げていたのには気恥ずかしさを感じた。
「あ…?なーに、俺これから飯買いに行くんだけども」
「まあ良いじゃん良いじゃん、ちょっとだけ話そうよ」
「はぁ…何ですか、霖まで巻き込んで」
「新木せんせーの話聞いてたの」
「仲良いじゃんねーって」
「すみません新木先生、何も変な話はしてないので安心してくださいね」
その声に視線を霖へ向けると口では謝っているがその顔は笑っている。揃いも揃って楽しそうにしやがって、と顔を歪めるが仕方無くその輪に入ると早速松川と野崎が話の続きをし始めた。
「新木せんせーと霖せんせー、今日一緒に来たでしょ」
「帰りも毎日一緒だよね、なんで?って話をしてたんだけど」
何故女子というのはこういう話に鋭いのだろう。帰り道など特に生徒は見当たらなかったが一体どこで見ていたんだ。
「なんでって、ただ単に住んでる場所が近いだけだ」
「そうそう、さっき霖せんせーに聞いた。隣の部屋なんでしょ?この間一緒にご飯食べた話も聞いた。だから新木せんせーって、普段はどんな人なのかなって」
「……おい霖、お前変な話はしてないって」
「変な話ではないじゃないですか」
「それにしても話しすぎだろ…!?」
悪びれもせず呟く霖の額を軽く小突くと、それを見た松川と野崎が楽しそうに笑っていた。
「新木せんせーごめんってば」
「でもホント、二人とも仲良しだよね」
「周りの女子が羨ましがるくらい」
「はぁ…?」
話を聞く限り何故か俺達は相当仲が良いと思われてるらしい。霖と不思議そうに顔を見合わせる。
「そうは言っても俺達そこまで一緒に居る頻度高くないでしょうが」
「違う違う、一緒に居るとか居ないとかじゃなくてさ。対応?扱い?って言うのかな」
「…どういうことですか?」
「ほら、今だって慣れた感じで話してたでしょ。あとはすれ違う時に手挙げたり頭下げたり、そういう細かいところで仲良いなって」
身に覚えが無いが思い返してみれば確かにそんな事をしていたかもしれない。
「ウチらも霖せんせーと仲良くなりたいなーって思うけど、新木せんせーには勝てないよね」
「相手が新木先生なら良いかなぁ」
「逆に新木せんせーが霖せんせーと仲良くしてると霖せんせーなら良いかぁって感じ」
「どういう意味だよそれは…つーかよく見てんな俺達の事」
「そりゃあね、女子の間では注目の的だから」
仲が良すぎるので何かあるのではと小さな話題になっているらしいが特別な事は何も無い。行き帰りを共にしているくらいである。そもそも何かあるってなんだよ…。
「これからもちょくちょく話聞かせてよ、二人しか知らない事もいっぱいあるんでしょ?」
松川がにこにこしながら此方を見つめてくるが、一体どういう意味合いで言っているのか。それを聞いた霖が思わず笑みを零した。
「何も無いですよ、本当に」
「…お前が笑うのも珍しいな」
「霖先生、授業ではよく笑うよ」
野崎に言われた一言に首を傾げる。
「へえ、そりゃ意外」
突如自分の中に湧き出た感情にどきりとした。俺の前ではそこまで笑わないが…と、少し悔しさを感じたのだ。
…何も無い。俺達の間には何も無いのだ。隣で理由も無く首を振る俺を横目に、霖が一言告げた。
「…新木先生、お昼、一緒にどうですか」
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