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くれなゐの紐

宵闇の林の中に煌々と灯りがついている屋敷があった。 その中で30代そこそこの男はややそわそわしながら、広間で正座をして待っていた。 男の名前は手嶋竜左衛門(てしまりゅうざえもん)。江戸で有名な版元(現代で言う出版社)だ。今日は絵師のもとにやってきており、原画を受け取りにきたのだ。 普通なら版元が受け取りにくることなどないのだが、この絵師は有名な金貸しでもあり、武士でさえ恐れおののく存在なのだ。 やっぱり慣れないな…。この雰囲気。 手嶋は何度かこの屋敷に来ているが、落ち着いて待っていられた試しがない。 主人の存在の大きさもそうだが、左斜め後ろに控えている用心棒の存在もそわそわさせる要因であった。 用心棒の名前は早見(はやみ)といっただろうか。姓なのか名なのかは分からない。 若く整った顔をして、体も細い男だが、とにかく腕が立つらしい。 なんでも99人斬ったとか斬らないとか…。 そんな男が自分の後ろに座っているかと生きた心地がしなかった。 ガラリと奥の襖が開く。 「待たせましたね」 紺色の羽織を着た若い男が入ってくる。髪はざんばらだが、そこはかとなく気だるげな色気が漂ってくる。 「いえいえ!そんなことは…」 「これ、今回の」 「あ、ありがとうございます。拝見させてもらいます…!」 渡された紙には男と女が乱れ、もつれ、繋がり、絡み合っている。 いわゆる、春画というものである。 「先生の描く春画は…やはり、良いですね…特にこの女の表情がいい。今にも昇天しそうだ…誰かを写しているのですか」 男は煙管箱から煙管を出して、ぷかぷかふかしている。 「まぁ…いますよ。いいのがね」 男はニヤリと笑う。その笑い方に手嶋は背筋に寒いものが走った。 「あ…、今回も描いてもらったんですね!紐の連作!」 手嶋はなんとか話をそらそうとした。 「あぁ…なにやら好評だと聞いたのでね。他のも描いてみたんです。気に入ったのがあったら適当に持っていってください」 「ありがとうございます…!」 紐の連作とは、この男が最近描いている物で、紐で縛られた女を描いたものだ。 今回は金色のかんざしに紅色の着物を着た女が同じく紅の紐で後ろ手に縛られ、床に這いつくばっている。 そんな苦しみ悶えている姿が妖艶だと、世の男たちに好評なのである。 手嶋は一通り見終わり、原画を手に「今回もありがとうございました。それでは、私は…」と広間から出ようとした。 「もっとゆっくりしたらいいのに…手嶋様は本当に遠慮しいですな」 「いえいえ…!とんでもございません…夜も深くなって参りましたし、失礼致します」 手嶋は早く帰りたいという気持ちを表情に出さないようにしているが、口から出てくる言葉はやや早口になっている。 「それは残念…今度お暇があれば、酒でも飲みましょう」 「はは…、有難いお言葉です。それでは、失礼します」 「早見、町まで送って差し上げなさい」 後ろに控えていた早見に命令する。 「御意。手嶋様こちらへ…」 「そ、そんな…申し訳ないです…」 手嶋が恐縮仕切っていると、男はまたもやニヤニヤしながら「ここらへんも物騒になりまして、最近辻斬りが出るのだとか…この99人斬りの早見がいれば安心かと」と言った。 手嶋は軽くぶるりと震える。もう辻斬りが怖いのか99人斬りの早見が怖いのか分からなくなってきた。 「失礼ですが、弥三郎(やさぶろう)様。99人も斬っておりません」 「ほぅ、では何人斬った?」 「………数えておりません」 早見は軽く頭を下げながら、真面目に答えた。 「ふふ…数えきれないの間違いではないのか?…手嶋様、主人の私が言うのもなんですが、こやつは使えますよ。あって困らぬ刀だと思って、家まで連れて歩きなさいませ」 もう手嶋は生きた心地がしない。 言われるがまま、手嶋は早見とともに家まで行った。 誰もいなくなった屋敷の奥へ、主人である神沢弥三郎:(かんざわやさぶろう)は歩いていく。 屋敷の奥の間が自分の部屋だが、あまり使っていない。 部屋の床の間には雪と椿の掛け軸があった。 その壁をぐっと押すと、地下へ続く階段があり、弥三郎は階段をゆっくりと降りていく。 金箔を張った壁を右手でなぞりながら、奥の自分で描いた春画の襖を開ける。 天井から幾本も垂れ下がった赤い紐や布の下に這いつくばっている者がいた。 それは先ほどの縛られた女の春画のまま、赤い着物を着て、後ろ手に赤い紐で縛られている。 「椿、ただいま。今戻ったよ」 弥三郎はその者に近寄り、座った。 キッと弥三郎を睨み付けたのは、椿という少年だった。その口には猿轡(さるぐつわ)を嵌められている。 「すぐ戻らなかったから、怒っているんだね…辛かっただろう。尻にこんなものまでくわえて」 そういって弥三郎は椿の尻にくわえさせた太い棒状の張り子をぐりぐりと動かした。 「…んっ!ぐ…むぅぅ!!」 快感に悶える姿にうっとりしながら、弥三郎は椿の髪を撫でた。 「そういえば、口に猿轡をはめてたのを忘れてたな。…かわいい声を聞かせておくれ」 弥三郎は椿の猿轡を外した。椿ははぁはぁと息を整えながら、「この鬼畜野郎っ!!苦しいんだよっ!!」と悪態をつく。 「でも、気持ち良かっただろう?」 「ば、ばか…!こんなの苦しいだけ…っ」 「本当に?」 弥三郎はさらにぐりぐりと張り子を椿の奥へと進める。 「…っあぁ!」 椿は甘い声をあげながら、気持ちよさに身もだえした。 「気持ちいいだろう?正直にいってごらん?」 「……気持ち、よく…っ、なんかないっ」 「どうせ泣きながら言わされるのだから、たまには素直に言ってみたらいいものを」 弥三郎はそのまま勢いよく張り子を引き抜く。 「んあぁ…!!」 引き抜いた拍子に椿のモノから白濁した精液が飛び出した。 「イったか…一度紐を解いてやろう」 手首の紐を解くと、白い手首には赤く紐の痕がくっきり残っていた。 弥三郎は椿の手首に舌を這わせる。 そのままゆっくり愛撫をするように首筋まで舌を這わせ、椿の胸の突起をつねる。 「んっ!あぁ…痛…ぁっ」 椿は自由になった手で弥三郎を押し返そうとするが、力が入らず押し返すこともできない。 弥三郎は指を二本、椿の孔に入れる。 「張り子のお陰でほぐれているな…椿、挿れるぞ」 「待っ…!!さっきイったばっか…」 椿は弥三郎を止めようとするが、弥三郎は椿の両足を抱え、自分のモノを椿の中にグッと挿れる。 孔の内壁が擦りあげられ、再び強烈な快感が体を突き抜ける。 「あぁっ…!」 「んん?張り子を長時間入れすぎたせいか?いつもより締まりがないなぁ」 弥三郎は挿れたまま、椿を四つん這いにさせ、バシッとお尻をたたく。 「あっ!痛い…っ」 「おお、締まった締まった」 弥三郎は面白がるように再び椿のお尻をたたく。 「ん…っ!」 「椿のお尻は白くて丸くて可愛いな。男の尻とは思えんな。ほら、もう一回締めて」 三度目、四度目とお尻をたたく。 「それにたたくと反応して、しっかり締めてくれる…」 「何度も叩くな…っ!」 「気持ちいいから?」 「…違うっ!痛いから!!」 椿は顔を真っ赤にして怒る。そんな顔もかわいいと弥三郎は思ってしまう。 「私は気持ちいいよ、椿」 椿の耳元でそう囁く。 椿は弥三郎にそう言われる度、胸が熱くなった。良かった…と安心するのだ。 悪態はつくけど、弥三郎に買われたあの日からどんなに辛いことを強いられても、主人である弥三郎に従うことを心に決めていた。 幾人もの見知らぬ男たちに抱かれ、この世は地獄なのだと思っていた。 地獄に堕ちたまま死ぬのだと思っていた。 そんなときに差しのべられた手。 その手を握り返したその時から、自分の運命がこの男のものになったのだ。 生まれた時から地獄なのだ。 今さら別の地獄に行ったところで変わらぬのなら、一人の男に愛された方がいい。 「好きだ」「愛している」 地獄にいるときからペラペラとした紙が降るように毎日聞いていたが、弥三郎は違う。 紙のように軽い言葉ではない。 そう思うのは自分が弥三郎のことを… 「椿、動くよ」 そう言って、弥三郎は腰を激しく動かす。 「あぁ…っ!弥、三郎っ!」 「気持ち、いいだろっ?はぁ…椿っ!」 いつも落ち着き払っている弥三郎も、この瞬間だけは息が乱れる。 「…っうん、き、もち…いいっ…!もっと突いてぇ…!」 涙が溢れてくる。 腰を打ち付ける速さがだんだん上がる。 「椿…!椿!もう、そろそろ…」 「きてぇ…!弥三郎…俺の中にっ、ちょうだいっ!」 その言葉を聞き、弥三郎は椿の中に放つ。 「…っく」 「あぁぁ…っ」 椿の下腹部に熱いものを感じる。 焼けそうなほど、熱い。 その熱さを感じながら、椿は気を失った。 「ん…」 椿は目を覚ました。 ギシ…っと何かが耳元で軋む。 目の前では弥三郎が、紙に何か描いている。 あぁ、また何か描いている。 弥三郎はいつもやらしい絵を描いている。 けど、美しい。 一度、椿の花の絵を描いてもらったことがある。とても可憐で赤い花弁が本物のように感じられた。 それにしても、自分は寝ていたはずなのに、どうして立った状態になっているんだろう。 手首もなんだか痛いし、股も痛い。というか片足が上がっている…。 「ん?起きたか?」 弥三郎と目が合う。そして自分の姿をもう一度確かめる。 天井から垂れた赤い紐が自分の両手首を縛り、さらに右足の太ももも赤い紐が結ばれて、天井の滑車につながっている。 そのおかげで、右足が上がり、左足だけで立っているような格好になっている。 「!?…なんだこれっ?」 「椿は体が柔らかいから、どんな格好でも美しいな」 「これ、また絵に使うの?」 「勿論!」 弥三郎はさらさらと絵を描き、椿に見せる。 「見せなくてもいい…」 「椿、何でも浮き世ではこれが大人気らしい。版元の手嶋様がそう言っていたよ」 「こんなのが大人気だなんて、世も末だな」 椿はため息をつく。 「私たちは、そんなろくでなし達からお金をもらって生活できているんだよ」 「…それも、そうだな」 椿は自嘲気味に笑う。 あの地獄にいた時から、そういうお金で自分は生かされていた。 それが場所と稼ぎ方が変わっただけだ。 そう思うようにした。 「さぁ、椿。もっと嬉しそうに苦しんでごらん」 弥三郎は椿に近づき、滑車に繋がった紐をぐっと引っ張った。 さらに足があがり、姿勢が崩れそうになる。 しかし、きつく縛られた手首のおかげで崩れることもできない。 痛さで痺れそう…。 でも、この痛みは弥三郎が与えてくれたもの。 この苦しみは弥三郎が必要なもの。 俺が必要なのだ。 そう思うとこの苦しみの中から嬉しさが込み上げてくる。 もう自分はあの地獄にさえも、戻れないのだ。

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