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椿の花が落ちる頃

屋根のある家。 温かい寝床。 優しい家族。 そんなもの、俺には何一つなかった。 火鉢の火が燻っていた。 火鉢の側は暖かいが、やはり人肌に暖まった布団の中が一番いい。 「椿ぃ、おめぇよ、なんでこんな商売してんだよ」 ヤクザもので、たまに俺を買ってくれる男はキセルをふかしながら聞いてきた。 「お金がほしいから」 俺は布団に横になりながら答えた。 よくある話。 俺は北国の出身で、親は農家だった。兄弟も多かったし、口べらしに陰間茶屋(かげまぢゃや)に売られた。 ただそれだけのこと。 「ここのやつらは皆そうだろう?金稼いで、そのあとどうするんだよ」 「そのあとって…この店にいられるかどうかってだけだよ。稼げなきゃ、ここにはいられない」 自分の稼ぎにはならないけど、ご飯は出るし、風呂にも入れる。着物もくれる。凍えることもなく、人肌のぬくもりに包まれて休むことができる。 あんな田舎にいるより、ずっといい。 「ふぅん…じゃあおめぇが、ずっとここに居られるようにもうちょっと金だしてやるから…もう一戦やろうぜ…」 ヤクザは俺を抱き寄せながら囁く。 「金だしてくれんなら…いいよ…」 そのまま布団に押し倒され、愛撫される。 「じゃあな」 「毎度どーも」 ヤクザはひらひらと手を振りながら帰っていった。 見送りが終わると番頭に、「風呂入ってこい」と言われたため、風呂場に向かった。どうやら自分が最後らしく、風呂場には誰もいなかった。 着物を脱ぎ、桶に湯船の湯を入れて肩にかける。そして、自分の孔に指を入れ、ヤクザの精液をかき出した。 ドロリと白いものが出てくる。 ちゃんとかき出さないとえらい目にあう。 「んぅ…、はぁ…」 この処理もすっかり板についてしまった。 出したものはお湯で流し、湯船に浸かる。 肩についた赤い点々とした痕を見る。 「痕つけんなって、いつも言ってるのに…」 他の客が来たときに口づけの痕がついていると客が萎えてしまう。…中には興奮する奴もいるけど、少数派だ。 ここにくる奴らは、一夜の恋人と思って会いに来るのだ。 だから、こんな痕が残ってると客はいい気分がしないのだ。 風呂からあがり、控え部屋にいく。 そこには同じくらいの少年二人が火鉢をおいて、暖をとっている。 「椿、お疲れ。お前もあたれよ」 「ありがと」 そのまま火鉢の前で暖をとった。 ここの少年達も同じような境遇でここにいる。 でも、皆だいたい「ふるさとより、ここがいい」と口を揃えて言う。 そんなもんだ。 「椿、首筋痕ついてるぞ」 そう言ってきたのは、菖蒲(しょうぶ)という少年だった。 「さっきの客につけられた…」 「あのヤクザなー、すごい吸い付いてくるよな」 菖蒲はくすくすと笑う。 「あ、そういえば」と一人の少年、鈴蘭(すずらん)が思い出したように話し出した。 「ざんばら髪のお客さん、知ってる?」 「あー知ってる!」 菖蒲は今にも笑いだしそうな声で答えた。 「誰?」 「顔はけっこう男前で、髷は結ってないざんばら髪。着物は上等なの着てて金持ちっぽい」 鈴蘭はこういうところはすごくめざとい。 金持ちは確かにたくさんお金を落としてくれるけど、たまに無茶な遊びをしようとするからあんまり好きになれない。 どちらかというと、さっきのヤクザみたいにわかりやすくヤるだけヤってく奴か、中堅の商人さんが奥さんの目を盗んで、ほんの少し火遊びしていく人の方が好ましい。 「それで、そのざんばら髪が何なの?」 「やらないの」 鈴蘭が声を潜めながら言った。 「え?やらないって…」 「俺もそいつにあたったことある」と菖蒲も話始めた。 「やらずに…何するんだよ」 椿は皆目検討がつかず、二人に聞いた。 「乳首とか触ってくるけど、一番おかしいのは、両足を限界まで広げられるってこと」 鈴蘭はひそひそと話す。 「なんだそれ?」 「俺も広げられた。結構痛かったなぁ」 「僕も痛かったから、痛いって言ったら、『ごめんごめん』って、そのまま二人で布団で寝て帰っちゃった」 「なにもせずに?」 「そう」 この茶屋にきたら、やることなんて一つなのにやらずに金だけ置いてくなんて、金持ちは本当に分からない。 「な?訳わかんねーだろ?」 「体は楽だけどねー。ぼちぼち椿にも回ってくるんじゃない?」 「なんか得たいが知れなくて、不気味」 そんな噂話をしていると、襖が開き、番頭が入ってくる。 「椿、ご指名だよ」 「俺?」 「ざんばら髪の旦那だよ。あの方はたくさんお金を下さるからありったけ愛想振り撒いとけよ!」 噂をすれば…というやつだ。 足を広げるだけの客。 顔はいいのかもしれないけど、なんか不気味だな。 かと言って、断ることもできないため、客が待つ部屋に向かった。 茶屋なんて言ってるけど、ここは結構大きな店で料亭や旅館並みの広さがある。 磨きあげられた廊下を進み、鶴と亀が描かれた襖の前に座り、「失礼します」と声をかけ、襖を開ける。 「今晩、お相手させてもらいます。椿と言います」 深々と頭を下げてから、頭をあげるとそこにはざんばら髪の大層綺麗な顔をした男が座っていた。

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