16 / 16

椿の花が落ちる頃 十五

雪が止み、朝になった。 まだ空は雪雲に覆われて、暗かった。 俺は番頭に上等な椿の柄の着物を着させられた。 化粧もほんの少しだけされた。……正直、少し恥ずかしい。 「椿、旦那がお待ちだよ」 番頭は俺をつれて、弥三郎のもとに向かった。 そこには、菖蒲と鈴蘭もいた。 「見送りに来たぞ!」 菖蒲は相変わらず、ニコニコしていたが、鈴蘭は泣き腫らした顔でうつ向いている。 「ありがとう、二人とも。今まで楽しかったよ」 俺は菖蒲と鈴蘭の手を取って、お礼を言った。 恐らく、もう会うことはない。 「あ!これ、返すの忘れてた」 鈴蘭に簪を渡した。 「いらない。椿にあげる」 鈴蘭は簪を俺に押し返した。 「……椿に持っていてほしい。僕のこと、覚えてて」 鈴蘭は頬を赤らめながら、もじもじしながら言った。 「二人のこと、忘れないよ」 店の外では、立派な篭が待っていた。 篭の外には、若い男が立っていた。 聞くと、用心棒だと弥三郎が教えてくれた。 「弥三郎様、どうぞ」 若い男は篭の扉を開ける。 「椿、おいで」 「え!?二人で乗るの……?」 「おや、歩くのかい?」 「いや……」と俺はいい淀む。でも、二人で乗るにはちょっと狭いような……。 弥三郎は構わず、膝の上に乗るように促す。 俺は諦めて、膝の上に乗った。 篭が動き出した。 「膝、重くない?」 「椿は軽いよ。それに、お尻も柔らかい」 ふにふにと尻を揉まれる。 「こんなところで止めろよ」 「じゃあ、家に帰ったら、目一杯可愛がろう」 俺は恥ずかしくなって、目線を外す。 篭の扉の隙間から、店の垣根に椿が咲いているのを見た。 真っ白な雪の上に赤い椿が落ちていた。 「椿」 弥三郎は俺に耳を寄せて、名前を呼んだ。 「あそこは地獄だと君は言ったね。きっと君にとっては、どこも変わらない地獄なんだろうね……でも、約束するよ。共に地獄に堕ちることを……」 弥三郎は俺の頬に唇を落とした。 そう、俺にとって生きることは地獄。 地獄でしか生きられない。 けれど、堕ちるのが自分一人でなければ、地獄の底まで堕ちるのも悪くない気がする。 雪がまた、ちらちらと降り始めた。 「椿の花が落ちる頃」 完

ともだちにシェアしよう!