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5 夜は長い
「……う~……そろそろ、ヤバいかも……。清正さん、ホテル、行きましょう……?」
清水くんがとろん、とした目元を擦りながらそう訴えてきたのは、彼が二杯目のビールを飲み干した頃のこと。対する私も焼き鳥や寿司でお腹が膨れていたので、店を出ることにした。
「大丈夫かい、清水くん。目の前、ちゃんと見えてる?」
いつも利用するホテルまで数メートルという距離だが、路上に出た清水くんはぼんやりしていて足下も覚束ない様子だった。私の声掛けに清水くんはうーん、と緩く首を傾げ、
「飲み過ぎちゃったみたいです……清正さんどこですかー?」
「ここだよ。ほら、捕まって」
私が彼の左半身を支えると、途端に清水くんが私の体をぎゅっと抱きしめた。
「清正さん、いた~、えへへ」
唇をだらしなく弛緩させる清水くん。同じ居酒屋にいたのに、彼の匂いはちっともおじさん臭くなくて、アルコールと石けんの匂いが混じり合っていた。
「清正さんの匂い、好き~……癒される……」
清水くんの匂いも、好きだよ。
思わず口をついて出そうになったその言葉を、慌てて飲み込む。私も酔いが回っているのかもしれない。
今日の清水くんは一段と酔いが回っているようだし、ホテルに着いてもすぐ眠ってしまうかもしれない。セックスなしでも、たまにはいいだろう。友達なら、尚更だ。
友達、か。よく考えたら、私たちの関係を表す言葉としては不適切かもしれない。
清水くんは「友達」と言いながらも、私のことを恋愛対象として好きだと言い続けている。対する私は彼の恋愛感情を受け入れられず、尚かつ「友達」という言葉に首を傾げてしまっている。
だが、この三ヶ月で、清水くんと過ごす時間が私の中で大きな存在になっている。これは所謂「恋愛感情」と呼ぶものなのだろうか。まだ自分の中でしっくり来ていないが。
いつか、私は清水くんを恋愛対象として好きだとはっきり自覚できるのだろうか。自覚できたとしても、私は彼を恋人にするのだろうか。選択肢をたくさん持っている未来ある若者の彼を、私という老い先短い身に縛り付けてしまうのだろうか。
そこまで考えて、私は眉を寄せて頭を横に振った。
「ん、清正さん……どうしました?」
私の耳元で清水くんが不思議そうに声を掛けてくる。その吐息のくすぐったさに肩を竦めながら、私は彼の背中に腕を回した。
「ごめん、私も少し酔ってしまったみたいだ。着いて早々、眠っちゃうかも」
「そしたら、着いたらすぐにセックスしないと」
「しない日があってもいいんじゃない?」
「嫌ですー、清正さんとセックスしたいですー」
子供みたいな駄々をこねながら、私の首筋に顔を埋める清水くん。酔うとトコトン子供っぽくなるのが可愛い。
「あの時間が僕、一番好きなんです。清正さんに僕の全部、受け入れてもらってる感じがするから」
「……受け入れるだなんて、大げさだよ。私は、君の好意を未だに受け取れないでいるのに」
ちくりと痛んだ良心から、ぽろっとそんな言葉が零れてしまう。
すると、ちゅう、という音と共に首筋に痛みが走った。
「っわ?!」
「いいんですよ、清正さん。無理に受け入れてくれなくても」
今度は生温いものが首筋を這う。
その感覚にぞくぞくと這い上がってくるのは、清水くんに教えられた自分の性への渇望。そんなもの、とっくに枯れたと思っていたのに、清水くんに誘われるだけで、性欲が溢れてくる。
「僕は、貴方に触れられる、触られるだけで嬉しい。それだけで、遠い場所にある貴方の心に触れたような心地がするから。貴方が望まない限り、僕はそれだけで十分なんです」
「清水くん……」
「いつか、本当に貴方の心に触れることができたなら……って思う気持ちも確かにあります。でも、今は望まない。だから、清正さんも深く考えないで下さい。清正さんの欲のままに、僕のこと触って下さい」
顔を上げた清水くんが穏やかに微笑んで、私の唇に自分のそれを押し付ける。かさついた私の心を象徴するような唇を、清水くんのぬくもりが塗りつぶしていく。
「……目、覚めてきましたね。ホテルでも、いっぱい触って下さいね」
へらり、と清水くんがだらしなく笑う。彼の緩んだ唇の艶やかさに私はこくん、と喉を鳴らした。
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