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4 変わらない

『貴方のことが好きです。僕の恋人になって欲しい』  初めて清水くんと会った日。付箋に書かれていた午後八時、駅の南口で落ち合うと、彼はいきなり私にそう告げた。  理由は呼び出し時に付箋に書かれていた通り、「一目惚れしたから」で。 『一体、何が目的だい? こんなしがないおじさんを捕まえても、お金なんて持ってないよ』 『そんなもの、望んでいません。僕は貴方の心が欲しい。貴方の愛が欲しいんです』  まっすぐな翡翠色の瞳も、私への愛の言葉を躊躇いなく放つ唇も綺麗で、私はひたすら困惑するしかできなかった。  そんな私の気持ちを察したのか、彼が苦笑を浮かべて首を傾げた。 『ごめんなさい。困らせてますよね』 『困る……というか、ごめん、正直言って、信じられないんだ。だって、男同士だし、年齢も一回りは違うだろうし、見た目だって釣り合わない。貧相な私が君のような綺麗な子に惚れるならともかく、逆の発想は天地がひっくり返ってもあり得ないと言うか……』 『恋愛に、性別も年齢も見た目も関係ないと思います』 『そ、それは……そうだけど……でも、ごめん。私は君の恋人にはなれない。さっき言ったこともそうだけど、それ以前に私はまだ君のことを知らない。よく知らない人間の愛の告白を簡単に信じられる程、私は純粋じゃないんだ』  そう告げると、彼は目を伏せてしばらく沈黙していた。「話は終わりだ」とそのまま立ち去れば良かったのだけれど、これでも生まれて初めての告白だったんだ。断ったものの、その慣れない余韻に浸ってなかなか動くことができなかった。 『友達から、じゃダメですか?』 『へ?』 『恋人じゃなくて、友達から。僕のことも知って欲しいし、貴方のことも知りたいです』  再びこちらに向けられた真剣な眼差しに、私はたじろいだ。  しかし、ここで流されてはいけないと慌てて首を横に振った。 『……っそ、それでも、私が君を好きになるとは限らないよ?』 『分かってます。でも、可能性はゼロじゃない』 『……どうして』 『決まってます。貴方のことが好きだから』  彼の即答に、私は胸の奥がじんと痺れるのを感じた。 『貴方がどんな人なのか。職業が何か、好きなものが何か……そもそも、貴方の名前さえも僕は知らない。  それでも、好きだと言う気持ちだけは確かなんです』 『……変な子だね、君。何だかもったいない気がするよ』 『どう思われてもいいです。貴方になら……利用されたっていい。それが、僕の愛だと貴方に分かってもらえるなら、尚更です』  瞬きもせず告げられた清水くんの愛に、私はしばらく何も言えなかった。  誰かにここまで強い愛を抱かれて、求められる。恋愛小説では当たり前のことでも、現実の私には全くなかったことだったのだ。美しい女性に惹かれることはあっても、その思いは気づかれることなく、知らない間に枯れている。その繰り返しで、私にとっての恋愛は、いつしか本の中でのみ存在するものになってしまっていた。  だが、清水くんの告白が一瞬で私を変えてしまった。  恋愛の盛りを過ぎた私でも、いいのか。盛りの時期ですら与えられる愛を知ることができなかった私でも、いいのか。  そう期待してしまったら、私の口は勝手に動いていた。 『……友達、でいいなら……』 『……はいっ』  真剣な表情から一変、目を見開いて弾けるような笑みを浮かべた清水くん。その姿に込み上げてくる熱い感情にむず痒さを覚えながら、私も笑っていた。  そこから数時間も経たない内に体を重ねてしまった時は、いきなり「友達」を飛び越えてしまったと頭を抱えた。だが、清水くんは私の手を頬に擦り付けながらこう言ったのだ。 『セックスをする友達関係、というのもありますから。だから、これで僕と清正さんが恋人になった、なんて思ってません。僕たちは、〈友達〉ですから、安心して下さい』  だから三ヶ月経った今、こうして清水くんと会っているのも、友達だから。私が「恋人になろう」とでも言わない限りは、多分、このままなんだろう。

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