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『目は口ほどに……』(4)
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チャポン……と、お湯が動く音がバスルームに響いた。
湯船の中で、俺に背中を預けていた直くんの頭が項垂れたと思った瞬間、顔からお湯に浸かって、また跳ねるようにパッと顔を上げる。
「直くん、大丈夫?」
「んー、大丈夫」
そう言って直くんは、バシャバシャと音を立たせながら、お湯を手で掬い、顔に掛けて眠気を振り払おうとしている。
もうそろそろ夜が明ける。
この分じゃ、初日の出を見ることもなく、このまま湯船の中で寝てしまいそうな直くんを後ろから抱きしめて、離れてしまった頭を俺の肩に凭れさせた。
「いいよ、寝てしまっても。ちゃんとベッドに運んであげるから」
そう言って、直くんのこめかみに唇を寄せる。
「大丈夫だよ、もう眠くなんてないし。それに、初日の出も透さんと一緒に見るんだから」
――透さんと一緒に見るんだから。
そんな可愛い言葉を言いながら、背後から抱きしめている俺の手の上に、直くんの手が重なる。
その仕草が、どことなく男らしくて、なんとなく安心感があるのに、何故だか少し寂しい気がするのは……、やっぱり俺は、ワガママなのかもしれない。
「お風呂から出たら、一眠りしないとね。午後から実家に帰るんでしょう?」
「うん」
直くんは元旦の午後から4日の夜まで実家に帰る予定だった。
俺は5日が初出勤だから、今度逢えるのは、9日か10日かな……なんて、
次に逢えるまでの日にちを数えて、長いな……なんて考えてる自分に気付いて、心の中で苦笑する。
「送っていくよ」
少しでも一緒にいる時間を作りたいなんて思いながら言ったのに、直くんからは意外な応えが返ってきた。
「え? 透さんも、今年は俺の実家で泊まるでしょう?」
「――え? 俺も?」
「あれ? 俺、言ってなかったっけ」
前を向いたままの直くんの耳が、赤い。
「……訊いてなかったね」
「テルさんが……透さんのこと、連れてきたらって……」
テルさんは直くんのお父さんの再婚相手で、直くんが大学2年の夏に、パーティ会場のホテルで、ちらっと会ったことはあったけど。
「それは悪いよ。元旦からお邪魔してしまったら……」
家族で集まる席に、俺なんて他人が入ってしまったら、きっと迷惑だろう。
「俺……、ちゃんと家族に透さんのこと紹介したいんだ」
「え……?」
「あっ、違う……! そうじゃなくてって言うか、それも将来はちゃんと言うつもりだけど……今、いきなり言ってもダメだと思うんだ……だから……」
将来ちゃんと言うつもりって?
――んで、そつぎょーして、しゅーしょくして、ちゃんと自立できたらさー。
オレの家族にも、しょーかいするね。
この世で一番大切にしたい人だよって――――――
直くんが酔っ払って、そう言ってくれたのは、いつの事だっただろう。
懐かしい光景が脳裏に浮かぶ。
あれは、酔ってたから言った言葉じゃなかった?
「だからさ今日は、テルさんのお節とか食べてさ、あ、そうだ!毎年恒例の、高岡家トランプ大会もあるしね」
透さん初参加だから、もしかしたらど貧民になって、女装しちゃうかもね!
なんて言って、満面の笑みを俺にくれる。
――ああ……そうか……。
きっと、家族団らんのお正月なんて知らない俺のことを気遣ってくれているんだ。
そう思うと、胸の奥がじんわりと熱くなってくる。
「いいのかな……」
「いいに決まってるよ! 啓太も来るしね」
――目は口ほどに物を言う。
俺は君の全てを、知っているつもりになっている。
だけど、訊いてみないと分からないこともあるね。
言葉にするだけで、心がふわりと暖かくなるね。
「ね、透さん、もう初日の出昇ってるんじゃない?」
「あ、もうそんな時間……って、直くん!?」
言うや否や、直くんはザバッと音を立てて立ち上がったかと思うと、バスルームから出ていってしまう。
ペタペタと、フローリングを走る音が聞こえてきた。
俺も、簡単にバスタオルで濡れた身体を拭い、バスローブを羽織ってリビングに向かう。
もう、建物の間から明るい光が伸びてきて、バルコニーを超えてリビングに射し込んでいた。
バルコニーに出る掃き出し窓に張り付くようにして、外を見ている直くんの後ろ姿に、思わず堪えきれずに笑ってしまった。
「直くん、ほら、何か着ないと風邪を引くよ」
「透さん……間に合わ……」と、残念そうに呟く唇にキスをする。
――大丈夫。
これからも毎年どこかでこうやって、君と二人で何度でも見るチャンスはあるからね。
いつか……の未来は、どうなるかは、俺にも直くんにも分からないけど。
君となら、きっと大丈夫。
君の瞳が、そう言ってるから。
――『目は口ほどに……』
END
2015/01/08
+ to be continued → → お正月おまけ編(?)
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