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Breakfast ‐2‐

男と付き合う、という事に抵抗がなかったのかと問われれば、戸惑いはあった。しかしその戸惑いも、葛城の―――健人の本音を知る度に、女性と付き合い始めたばかりの頃のそれと大差ない事に気付いた。 ならばゲイなのか、と問われるとそれには明確な答えは出ない。漠然とした性的欲求を抱く時には以前と変わらずに対象は女性へ向く。ただ、今は漠然とした性的欲求を抱く事が減った。これは彼女がいる時も同様で、好きな相手がいると俺の欲求はすべてその相手へ向かうようになるからだ。 今の俺の欲求は葛城にしか向かわない。 どうにか説得して一人で先にシャワーを浴びた。次は全部俺がする、と約束させられたが。 葛城にすべてをされる事にいつか慣れる日が来るのだろうか。わからない。本当にわからない事だらけだ。それなのに、何故かいつものようないずれは別れが来るのだろうという冷めた思いがまったく浮かんでこない。 会社での所謂、営業スマイルを知らない顔だと拗ねられるとは思わなかったし、お互い様だと思っていた。入社当初は外回りへ俺自身が連れ出した事も何度かあり、その時の葛城の態度は社内はもちろん、密会で見せる顔とはまったく違うものだったからだ。 ひたすら可愛いと思う。徐々に砕けていく葛城の頑なな心が俺をひどく揺さぶる。 風呂上がりの葛城はバスローブを着心地悪そうにまとい、ソファで同じくバスローブ姿で待つ俺の隣へ座った。 「あんた、いつもこんなもん着てんの…?」 「まさか。こないだだって着てなかっただろ。ある物は有効活用してみようかと思って」 思っていたよりも胸元や足が覗く姿は色っぽく見える。学生時代に特別スポーツに専念した事はないのは俺も同じだが、当然社会人の方が運動不足になりやすい。大差はないが、葛城の方がガタイが良く見えた。 初めて触れた時の感触を思い出して、ぞくりと欲が走り抜ける。 両手を握って誤魔化していると、葛城は笑った。 「あんたも充分わかりやすいよ」 自覚のなかった癖を指摘され、拗ねた振りをして寝室へ逃げ込む。葛城が追ってくるとわかって。 ベッドへ押し倒されて、見上げる顔はすでに密会で見たそれ。押し倒された事ではだけたバスローブの胸元に手が入り込んできて、左肩まで脱がされる。 「確かに有効活用出来るな、これ」 肩からゆっくりと露わになった肌を撫でながら、葛城は自分の唇を軽く舐めた。まるで捕食者のようだ。 キスをされると思った近付いてきた顔は耳元へ寄せられる。 「すっげぇ興奮する…」 恐らく気付いていないのだろう。覆い被さっている事で、俺からも胸元から紐が結ばれている腰あたりまでが丸見えな事を。同じように両手を伸ばして両肩を撫でながらバスローブをずらしていく。 「俺も興奮してるよ」 そのまま肌を撫でていくと、腹筋辺りで葛城の体が震えた。 「この辺が気持ちいいのか」 「……くすぐったいだけです」 負けじと耳朶を食まれ、舌先が首筋をなぞって迷う事なく胸元へ向かう。そこは前回、初めて感じると知った場所だ。 「んっ…う…」 「ここ、気持ちいいんだろ?」 葛城によって思い知らされた事などわかっているくせに、わざわざ尋ねてくるのは間違いなく仕返しだ。腹筋を撫でる手の平を腰にまわして引き寄せる。重なる場所は気持ちいい事を互いに相手へと伝えた。 緩く徐々に見える肌が増えていく。俺は葛城の腰紐を解いて、組み敷かれた俺の紐は葛城に解かれてすべてが暴かれる。 「ねぇ…準備ってどうやってんの…?」 余すところなく、葛城の手が、唇が俺に触れて、口を開いたらまた初めての時のようになってしまいそうだ。 「敦宏さん…教えて…」 甘い声に誘われとろけてしまいそうな感覚が意に反して言葉を紡ぐ。 「…なか、きれ、いに…して…ローション、使って…」 乱れた呼吸は途切れ途切れにしか喋らせてくれない。もどかしくて葛城の手を取りその場所へ。触れた瞬間、あの時も俺はここに葛城を誘った事を思い出した。 「ゆび…入れて…健人が、入るように…」 と、言葉にして気が付く。今日は洗っただけで、まだ中を慣らしていない事に。どこか、俺自身も急いていたのかもしれない。 触れた事で葛城も気付いたのだろう。嬉しそうに、意地悪そうに、表情が変わった。 名前を呼ばれて半ば無理やりうつ伏せにされて、腰だけ抱え上げられた。ベッドへ無造作に置かれたものは俺が用意したもので、バスルームにも同じものがある。葛城はそれを手に取った。 「け、健人…!ちょっと、この体勢は…!」 薄暗さに慣れたであろう葛城にはそこが丸見えになっているはずだ。いや、はずではなく、確実に。 「嫌なら俺の前で自分でしてくれるの?…こないだみたいに、俺がすぐ入れるように…」 狡い。 そんな事が出来るわけがない。 わかっていて言っているんだ。 答える代わりに俺は枕に顔を埋めた。パチンとフタが開く音がして、もう慣れてしまった滑った液体が垂らされる。入口をたっぷり濡らして、液体も足されて、ゆっくりと葛城の指が入ってきた。 自分で慣らす時とは違う感触に体が震える。指の太さも、動きもすべてが違って、ため息に似た小さな声が漏れてしまう。 「自分でしてる時も、喘いじゃうの…?」 「ば、ばか、そんな事…」 不思議なもので自分でする時は気持ち良いより気持ち悪くない、にほど近い感覚で、今のように必死で声を押し殺さなければならないような状態にはならないのに。 ゆっくりした動きでも的確に慣らされていくそこ。 「…っふ…あ、ん…はぁっ…」 同じように思考も、視界もぼやけていく。どれだけの時間そうされていたのかもわからないまま、気付いたら充てがわれていた硬いものが入口を広げながら入ってきた。 「全部、入ったの、わかる…?」 指の届かなかったところまで、葛城が押し広げている。苦しくて、頭の中が真っ白になって、よくわからないのに、葛城の存在だけがはっきりとわかった。 「っは…きもちい、な…」 必死に絞り出した声だったのに、中のものが一回り大きくなって硬さが増した事で、思わず息を止めて力を入れてしまう。 「ちょっ…と…締め付けないでくださいよ…」 「おまっ…おまえがっ…」 「気持ちいいって言われて興奮しない男がいるかよ」 ずるりと抜け去られそうになって、嫌だと勝手に言葉が出てきた。再び奥まで入り込んできて、繰り返される度に早くなってくる。 「あっ…あっ…や、はや、い…」 「気持ちいいくせに」 「い、いい、から、だめだっ…」 「敦宏さん、ワガママ」 我儘なんかじゃないと言いたいのに、口から出てくる声は喘ぎばかりで思うように伝えられない。 腰だけを高く上げ、強請っているかのような格好をして葛城に翻弄されていく。 こうされる事を俺は期待して声をかけたのか。わからない。本当にわからない事だらけなのに。 「んんっ…健人、の…顔見たい…」 体勢は向かい合って繋がった時より楽だが、顔が見えない。穿たれ快楽に溺れながら、葛城の言う通りに我儘を言ってやった。 「もう…人がせっかくこないだより良くしようとしてんのに、あんたは本当に…」 怒りにも取れそうな声質にドキッとしたが、器用にぐるりと体を回され見えた顔は色っぽくて、自然に手が伸びた。 「健人の顔が、見えている方が気持ちいい…」 「あつ、ひ、ろ…」 「好きだよ、健人」 「……ばか、もう知らないから」 なんだそれは、と言いかけた言葉は喘ぎに変わり、とうとう最後まで聞く事は出来なかった。 でも、果てる直前に葛城が囁いた事は忘れない。 「俺も好きだ…絶対、離してやらないから」 平日はシャキッと仕事をして、適度に部下や上司と飲み食いを伴う交流を持つ。 今までと何も変わらない日々。 だけど。 「だから!これは冷蔵庫か冷凍庫に入れておかなきゃ腐るに決まってんだろ!」 休みの日には、葛城と共に過ごした。夜は仕事で疲れ果てて、すぐに寝てしまうけれど、無駄に広いだけだった俺の部屋が葛城に染められていく。 キッチンが徐々に飾りではなくなり、それでもこうして怒られたり。 俺に合わせて休日もダラダラせずにすむようになって、有意義に過ごせるようになったと葛城も俺に染まっていった。 「日持ちすると言ったのはお前じゃないか」 「常温保存で日持ちするなんて言ってねぇ」 ぶつくさと言いながら、俺が無駄にしてしまった葛城の手料理を朝っぱらから片付ける背中に顔を擦り付けてみる。 「悪かった。次から気を付ける」 すると手を止めて振り返った。ムスッとしながらも、仕方ないなって顔で笑ってくれるから俺は。 「……朝メシ、何が食いたい?」 「健人」 俺はメシじゃねぇし、と濡れた手の水滴を顔に飛ばされ、しょぼくれた表情を浮かべてソファへ座って待っていると、片付け終わった葛城が隣へ腰を下ろす。 「敦宏さんがちゃんと朝メシ食ったら、いくらでも俺があんたを食ってやるよ」 俺も食べ物ではないと答えて、当たり前のように重なる唇。 埃っぽい資料室から俺の部屋で。 昼食後のたった数分でもなくて。 密会は、朝食後に。

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