1 / 3
第1話
カンカンカンカン
海辺を走る四両編成の電車が心地よいリズムを取りながらガタンゴトンと過ぎていく。昼間は観光客で賑わうこの小さな無人駅だが、あと数本で最終列車が走るこの時刻では降りる人は他になく、薄暗い道を肌寒いこの季節に2人並んで歩く。
闇の中では碌に見えるはずもない海を見るために。
「おまえこの間の飲み会で俺のこと置いて抜けただろう」
前回二次会へ向かう途中で先輩達に見つからないようにこっそり姿を消したことを月見と称した飲み会の帰り道で咎められる。2人とも酔いつぶれるほどまでは飲んではいない。
「どうしても夜行虫を見たかったんだよ」
まだほんのりとアルコールの残る頭で記憶を呼び起こす。暑い日が続き、夜に光るプランクトンが大量発生したとSNSで話題になっていた。 いつまで見られるのかもわからないその現象を見るのには、海から少し離れた場所で暮らす自分にとっては逃すことのできない絶好のチャンスだった。
同じ会社だとはいえロビーやエレベーターで時折顔を合わすくらいでは会話することもない。タカヒロの顔と名前が一致するまでに2年ほどかかった。年に数回しかない社全体での飲み会で盛り上げ役として声をあげてる姿しか知らず、宴会場の端っこで同じ企画室のひとまわり上の先輩と日本酒を飲んでいることが多い俺とは特に話すこともなかった。
そんなタカヒロと連絡先を交換することになったきっかけは、今から5年程前に俺の所属する企画室と情報システム部の社員が結婚することになり、その御祝い飲み会の幹事を任された。情報システム部からの幹事はタカヒロだった。
交換したLINEでぎこちないヨロシクの挨拶から始まった。タカヒロは律儀な性格なのか必ず返信してきた。なかなか自分から会話を切ることができず返信に返信を重ねていくうちに何故か毎日の日課になった。
それがもう5年も続く。
二言三言の会話を続けていくうちにわかったのは、対極にいると思っていたタカヒロと俺は似たような嗜好を持っていたこと。
社会に出て数年も経つと心を許して話合えるヤツにはなかなか出逢えないとわかる。それなのに5年もたわいもない会話が続く程に気持ちは楽だった。
だからタカヒロも夜行虫を見に行きたいと言うのはわかっていたはずなのに。なんとなく誘えず1人で消えた。
「俺だって見たかったのに。…今日はまだ時間あるし海見て帰らないか?」
寄り道に同意を示しつつ、もう夜行虫はいないことを一応補足する。
海に寄るにはほんの少し遠回りをする路線に乗り換えて途中下車をしなければならない。その路線の終点にタカヒロの住む街はあり、俺の家はそこから乗り換えて二駅、更にバスに乗り20分のところだ。
ともだちにシェアしよう!