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君のことが好きだから9(最終話)

「……嘘だ」 「嘘じゃない。俺は兄さんから相談を受けて、樹のDNA鑑定を知り合いに頼んだんだ。あいつは間違いなく、兄さんの子どもだよ。おまえの弟だ」 ガクンっと膝から力が抜ける。 薫は絨毯の上に跪いた。 こんな男の言葉を信用するのか?と、頭の中で声がする。だが、そのすぐ横から、それはたぶん真実だと、冷静に判断する自分の声が聞こえた。 DNA鑑定までしたのなら、樹はおそらく父の子なのだろう。あの父なら、それぐらいの裏切りはやりかねない。 ならば、自分が樹にどうしようもなく惹かれたのは、血のなせる業だったのか。 同じ血を分かつ弟だからこそ、あんなにも愛おしく思ったのか。 ……俺は……なんてことを……。 まだ幼い樹を抱いた自分の罪に、いつも怯えおののいていた。許されないことだと、分かっていた。 それなのに、真実は更に残酷な刃を突き付ける。 血の繋がった弟を……母を死ぬまで苦しめた父の裏切りの象徴を……自分は愛し慈しみ抱いていたというのか。 胸の奥に冷たいものが広がっていく。 冷や汗が出てきた。 「まあ、ショックを受けるのも無理はないな。兄さんも酷いことをする。おまえにこんな話をするつもりはなかったんだ。だが、知らなければおまえは、いつまでも目を覚まさないからな。で、どうする?これでもまだ、樹に会いたいか?ん?」 薫はのろのろと顔をあげた。 叔父はさっきまでの嘲るような笑みを消して、少し気の毒げな目をしている。 自分は今、どんな顔をしているのだろう。 「それでも会いたいなら、俺は止めないぞ。おそらくこれが最後だ。おまえと樹は、もう会わない方がいい」 叔父はそう言って小さくため息をつくと、ドアに近づきノックした。 「月城くん。ここを開けてくれ。薫が樹に会いたいそうだ」 少しの間の後で、ドアがガチャリと開く。 薫はよろよろと立ち上がった。 足に力が入らず、よろけてソファーの背もたれに手をつく。 「樹くんは、会いたくないと……」 「いいから連れて来い」 月城はちらっとこちらを見てから目を伏せ、いったん姿を消した。そして、樹を半ば抱き締めるようにして、再び姿を現す。 樹は白いナイトガウンだけ身につけて、俯いていた。 「樹。兄さんにお別れを言いなさい」 叔父の言葉に樹はピクっと震え、ゆっくりと顔をあげる。 「兄さん……」 掠れた小さな声で、樹が自分を呼ぶ。 目が合って、樹の大きな瞳を見つめて、心が震えた。 あれは、憎むべき罪の子なのに、まだこんなにも、愛おしい。 抱き寄せて、今すぐここから、連れ去りたいほどに。 「……樹……」 「兄さん。今までいろいろ……よくしてくれて、ありがとう」 小さいが、はっきりした声で、樹が自分に別れを告げる。 樹は、平気なのか。 何もかも分かっていて、自分を裏切り陥れ、自分に抱かれながら、こっそり舌を出していたのだろうか。 胸の中の冷たいものがどんどん広がっていく。怒りと哀しみと憎しみと愛しさと。 いろいろな感情が混じり合って、心の中で荒れ狂う。 薫は口を開きかけ、だが、何を言うべきか分からず、ただ黙って樹を睨みつけた。 樹の目に、怯えが滲む。 「……兄さん?」 探るような縋るような、樹の目。 薫は引き剥がすように視線を逸らした。 「幸せに。樹。さよなら」 絞り出すようにそれだけ吐き捨て、薫はくるっと背を向けた。そのまま振り返らずに、リビングのドアに向かう。 「兄さん……」 微かな樹の声を背に、薫はドアを開けて出て行った。 ー第1部 完ー 最後までお付き合いくださり、ありがとうございました*_ _) これにて「下弦の恋」第1部完結です。 第2部公開はただ今準備中なので、もうしばらくお待ちください。 月うさぎより

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