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君のことが好きだから8

薫はイライラしながら立ち上がった。 勿体ぶった叔父の言い方にはもう我慢がならない。 どんな話を聞かされようと、はなから信じるつもりなんかないのだ。 「叔父さん。奥のドア、開けさせてください。俺は樹ともう一度きちんと顔を見て話がしたい」 「無理だな。鍵は内側から掛かってるんだ。樹が嫌がる以上、無理にこじ開けるわけにはいかんさ」 薫はふんぞり返った叔父を見下ろして 「月城って男は、あんたの言うことなら何でも聞きそうだ。陰でいろいろやってるのは、叔父さんなんじゃないんですか?」 巧はふんっと鼻を鳴らして 「人の話をまったく聞いてないな、おまえは。まあいい。だったら開けてやるから樹にその調子で迫ってみろ。あいつはきっと嫌がるぞ」 「嫌がるかどうかは、俺が直接、樹に聞く」 巧は渋々といった感じでソファーから立ち上がると、薫の隣に並んだ。 「おまえはな、自分でも知らずにおぞましい罪を犯してるんだ。そのことを、そろそろ知った方がいい」 薫は叔父の顔を睨めつけた。 「持って回った言い方は、いい加減やめてくれ。何が言いたい?」 「教えてやるから、大人しく帰れ。おまえは大好きだった義姉さんを裏切るつもりか?」 叔父の口から思いがけない言葉が飛び出してきて、薫は眉をひそめた。 「義姉……って……母さんのことか?どういう意味だ」 巧は思わせぶりにチラッと奥のドアに視線を向けてから、再び嫌な笑いを浮かべてこちらを見た。 「おまえの母親はな。兄さんにとっては厄介者でしかなかったんだ。樹が産まれてからはな」 薫は目を細めて、叔父の口元をじっと見つめた。 ……何を……言ってる?こいつは…… 「言ってる意味が分かるか?薫。樹の母親はな、おまえの母親がまだ生きている時から、兄さんの愛人だったんだよ。兄さんが惚れ込んで小さな港町に囲っていた女だ」 頭の奥がガンガンする。叔父の声が近くなったり遠くなったりしていた。 言葉が上手く意味を成さない。 ……それは……それは…つまり… 「樹はおまえの義理の弟じゃない。半分血の繋がった弟なんだよ。おまえが8歳の時に、兄さんがあの女に産ませた子どもだ」 聞きたくない。そんな話は。 そんなことは嘘だ。 シンジラレナイ。 「おまえの母親が死んで、あの女はホッとしただろうな。ようやく日陰の身から堂々と兄さんの後妻になれたんだ。最愛の息子の樹も、きちんと籍を入れられた」 「……よせ…っ」 「耳を塞ぐなよ。ちゃんと聞いておけ。樹はおまえの本当の弟だ。おまえはあの悪魔に誘惑されて、手玉に取られていただけだ。おまえの母親は草葉の陰でさぞかし無念だろう。夫も息子も、自分を裏切ったんだからな」 不意に膝からガクンっと力が抜けて、薫はよろめいた。頭の奥で響く音が大きくなる。気持ち悪い。吐き気がする。目眩がして立っていられない。 薫はよろめきながら、ソファーにへたりこんだ。 ……シンジラレナイ。イツキガ……オトウト?チノツナガッタホントウノ……オトウト? 母を裏切り傷つけ苦しめた、愛人の子。

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