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愛しさの先にあるもの1

黒田に、万が一の場合の指示を出し、樹は先に玄関に向かった。 病院で黒田の報告を受け動揺して青ざめていたさっきとは別人のように、樹は落ち着いて毅然としている。 今、樹の頭の中にあるのはただひとつ。 大切な兄を救い出すことだけだ。 前を行く樹の、背ばかり伸びて華奢な後ろ姿を見つめながら、月城は暗い思考に落ちていく自分の心を必死に抑えていた。 樹はもう、覚悟を決めている。 自分がすべきなのは、彼が望むことの為に、出来る限りのサポートすることだけだ。余計なことは考えてはいけない。 それにしても、樹は強くなったな……と思う。 渡米する前、そしてアメリカにいた頃、何度も絶望に打ちひしがれ、薬のもたらす幻影に浮かされ、虚ろな目をして現実逃避をしていた、あの頃の無力な少年。 あのどん底の日々、壊れそうな彼の心を支え続けたのは、誰よりも遠い場所にいた兄の存在だった。 藤堂薫を想う時だけは、樹は幸せな夢を見ているようだった。 正直、月城は何もかも薫にぶちまけて、樹を助け出せと言ってやりたかったのだ。 何故、樹の手を離したのだと、思いっきり責め立ててやりたかった。 だが、自分もまた、自由に動ける立場ではなかったし、もし動けたとしても、そんなことをすれば、樹は生きてはいられないと分かっていた。 何をどう幸せと感じるかは、人それぞれだ。 あの頃の樹の状況は、傍から見れば、どう考えても不幸でしかなかった。でも彼の心は、遠く離れた兄のことを思うだけで満たされていたのだ。 あれからいろいろなことがあった。 月日は流れ、樹を取り巻く状況は劇的に変わった。 今の樹は、もうあの頃とは違う。 苦しみの果てにようやく雁字搦めになっていた鎖を外され、自由に羽ばたく翼を得た……はずだった。 ……くそっ 仙台になど、来なければよかった。 樹は薫にはもう関わるべきではなかったのだ。 樹も薫もそうは望んでいないのに、彼らは関わればお互いを不幸にしてしまう。 ……ダメだ。考えるな。 打つ手はある。 少なくとも、今の樹には後ろ盾がある。 例え一時は自由を奪われても、必ず救い出す。 樹が助手席に、和臣は後部座席に乗り込む。 月城は、ほうっと吐息を漏らし気持ちを切り替えると、車のハンドルを握った。

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