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愛しさの先にあるもの4
「相変わらずの美しさだな」
初老の男はそう言って、満足そうに両手を広げた。樹はいったん立ち止まり、また歩み寄ると、同じぐらいの背丈の男をじっと見つめた。
「どうした。挨拶はしてくれないのか?」
「兄さんは、どこです」
「むろん、すぐに会わせてやる。おまえの態度次第だ」
樹は黙って頷くと、男の腕の中に身を寄せる。ぐいっと抱き締められた後で、顎を掴まれた。
「昔のように私を楽しませなさい。そうすれば、兄もそこの青年たちも無事に家に帰れる」
樹は頷き、目を閉じた。
その姿を見ていられず、月城はそっと視線を逸らす。
傍らで、彼らの様子を食い入るように見つめていた和臣が、思わず一歩足を踏み出した。月城はすかさず、その腕を掴んで制す。
「でも、」
「いいから。君は余計なことはするな」
割って入って男の傍若無人な行動を止めたいのは自分の方こそなのだ。
目の端に映る樹は、抵抗を諦め、配下の男たちの目の前で初老の男の口づけを受けている。
あれはあの男のよくやる手だ。
わざわざ衆人環視の状況で、獲物を辱め抗う気力を奪っていく。羞恥心と屈辱に震える相手を、じっくり時間をかけて嬲り続ける。
挨拶とは到底呼べない、性的な意味合いの強すぎる口づけだ。だが、キスだけならまだマシだった。相手がどうしても自分に屈しないとなれば、あの男は外だろうが人の目があろうが、裸にひん剥いてその場で犯すのも平気な異常性癖の持ち主だった。
大人しく耐えてはいるが、長すぎる濃厚な口付けに、樹が苦しげに吐息を漏らす。
男はいったん唇をほどいて
「どうした。もっと舌を使え。そんなものでは私は満足しないぞ」
笑いながら囁く。樹は男の腕をぎゅっと掴むと、今度は自ら再び口づけた。
目を背けていても、樹の鼻から漏れる微かな喘ぎ声が、耳に入ってくる。
「ひでぇな……」
和臣が呆然と呟いた。
樹と同じような目に遭って、この界隈の元締めの玩具にされていた和臣だが、樹がアメリカで受けていた仕打ちはそんな生易しいものではない。
呑気に構えていた和臣だが、自分が置かれている状況を、もう少し自覚するべきだ。
長すぎる屈辱の儀式がようやく終わった。
樹は、はぁはぁと肩で息をして、手を口にあて俯いている。
「いいだろう。さあ、来なさい。おまえの大切な兄に、会わせてやる」
男は満足そうにそう言うと、樹の肩を抱いて引き寄せながらこちらを見る。
その目に侮蔑と得意気な色が宿っているのを感じて、月城は唇を噛み締めた。
第一関門突破だ。
だが、これはまだほんの序の口に過ぎないのだ。
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