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愛しさの先にあるもの19
「なんだよ。お説教なら聞かねーぞ。俺はあんたが、」
不貞腐れながら和臣が言いかけた瞬間、向かい合った樹の平手が飛んだ。
パシっと結構いい音がして、月城は驚いて目を見張る。
叩かれた和臣も、唖然とした顔で樹を見つめていた。
「っ、ってぇ……な、いきなりなにす、」
「どうしてあんなことしたのっ」
樹の大声が和臣の言葉を遮った。
和臣は頬に手をあてながら口を半分開けて固まっている。
「君は、余計なことしないで。大人しくしてて。そう、僕はお願いしたよね?」
樹の声は震えて掠れている。眉をきゅっと寄せて、今にも泣きそうだ。
「……そうだけど……でもさ、」
「君にあんなこと、させる為に、連れてったわけじゃない」
樹は涙声で叫ぶと、和臣に掴みかかった。また叩かれると思った和臣が、思わず身構える。だが平手打ちは飛んでこない。代わりに、樹は両手で和臣のシャツを掴み、縋り付くようにして顔を埋めた。
和臣は呆然と樹を見つめ、助けを求めるようにこちらに視線を泳がせる。
月城はゆっくりと2人に近づいていった。
「君が、あんな目に遭う必要、なかった。僕はそんなこと、して欲しくなかった」
樹は和臣の胸に顔を埋めたまま、呻くように呟く。泣いているのだと、その声音で分かった。
「樹くん……」
月城がそっと樹の肩に手を置いても、樹は俯いたまま、いやいやをするように首を横に振る。
和臣は困惑した顔で樹の頭を見下ろして
「……わ……悪かったよ。泣くなって。……でもさ、俺はああいうの別に慣れてるし。出来るだけ時間稼ぎ、したかったんだよね。もしかしたら、あんたには手出されないで済むかも…って思ってさ」
樹はガバッと顔をあげ、涙に濡れた目で和臣を睨みつける。
「僕が何もされなくても、君があんなことされたら、全然意味ないっ。僕は、君もにいさんも助けたかったのに!」
「や。そんなのおかしいだろ!俺はダメでどうしてあんたならいいんだよ!あんただけ、なんで自分、犠牲にすんだよ。それ、全然当たり前じゃねえからっ」
和臣が必死に反論すると、樹は右手で和臣の胸を叩いた。
「違う。君もにいさんも、傷つけられたらダメなんだ。僕はいいんだよ。何されたって、今さらもう何も傷ついたりしないんだから」
「だーかーらー。それがおかしいって言ってんじゃん。あんた、マゾかよっ。自己犠牲ばっかでさ。何されたって傷つかないなんて、そんなわけあるかっ」
和臣は叫んで、樹の頬を平手で打つ。
樹はお返しにまた手をあげた。
その手が振り下ろされる前に、月城が樹の手首をグイッと掴む。
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