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愛しさの先にあるもの18
さっき樹が受けていた仕打ちを、薫がどこまで認識出来ていたのかは、薫の薬が抜けてから聞いてみないと分からない。
樹が苦しむのが分かっているから、出来れば記憶に残っていて欲しくないと思う。
だが、月城の心情としては複雑だった。
樹は薫と出逢った当初から、薫に数えきれない秘密を抱えて生きてきた。
巧とのこともそうだし、その後、樹が薫と別れてからの壮絶な生活を、薫は何も知らないままだ。
樹は常に薫のことだけを思って、自分が犠牲になればいいと思っている。
だが薫は、樹がそんな風に生きていることをいいと思うだろうか。
本当は真実を知りたがっている。それがどんなに苦しい内容であろうとも。
樹はそろそろ薫に全てを打ち明け、薫自身に判断させて、それを受け入れるべきだ。
そうでなければ、また、今回のようなことが起きてしまうだろう。
知らないということは、無防備な状態に常に己を晒しているということなのだから。
……でも……出来ない……よな……。
樹は自分の存在を恥じている。
薫にだけは、自分の身に起きた全てのことを決して知られたくないのだ。
樹の為に、自分は何をしてやれるだろう。
月城はそれをずっと考え続けている。
どうすることが、樹にとって一番幸せなのかを。
そっとドアを開けて病室に戻ると、和臣はぐっすり眠っていた。
そして樹は、薫の傍らでその手を遠慮がちに握ったまま、ベッドに頭を預けてうたた寝をしていた。
東京からこちらに戻ってすぐに、慌ただしく薫の救出劇だ。和臣だけでなく、樹もかなり疲れていたのだろう。
穏やかに寝息をたてる3人の、束の間の休息を眺めて、月城はもう1度、深いため息を零した。
「まだ……目え覚まさねえの?」
ぐっすり寝てすっかり顔色のよくなった和臣が、ベッドから降りて、樹の横に立つ。ピクリともせずに眠っている薫の顔をそっと覗き込んでから、樹に囁いた。
「うん。あいつらの薬がきれた時に、どんな幻覚症状が出るか分からないから。お医者さまに強めの鎮静剤を処置してもらってる」
「そっか……。薬、すんなり抜けるといいな」
薫が投与された麻薬の種類が分からないから、まだ何とも言えない。だが、車の中で時折覚醒した薫の様子を見ていた限りでは、それほど重篤な症状は出ていない気がした。
薫が意識を取り戻してから、対処療法を施していくしかない。
「うん。……それより和臣くん。ちょっといいかな」
樹の改まった声に、和臣は顔を強ばらせて身構えた。
「……なに?」
薫の表情をちらっと確認してから、樹は椅子から立ち上がり、和臣に目配せして窓際の方へ向かった。
和臣はバツが悪そうな顔でこちらを見てから、樹の後を追う。
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