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溢れて止まらない2
巧叔父は、ショックを受けて呆然としている自分を、ある屋敷に連れて行った。
当時まだ幼かった自分は知る由もなかったが、そこはアメリカの政財界で権力を握る男たちの、表沙汰には出来ない闇の社交場だった。
自分と同じような年頃の少年が何人かいて、それぞれ小さな個室を与えられている。分厚いガラス張りのドアには外から鍵がかけられ、客たちが中の様子を見られるようになっていた。そして、客に気に入られて指名された子どもだけが、ドアの鍵を外され、大きな客室へと連れ出された。
叔父はその屋敷に自分を預けると
「樹。おなえは罪滅ぼしの為にしばらくここで働きなさい。こちらでの地盤が固まったら迎えにくるからな」
そう言い残して、去っていった。
こうして、言葉も分からない異国の地での、最初の地獄は始まった。
大人になった今ならば分かる。
巧叔父は、こちらの罪悪感をわざと煽って、精神的に抵抗出来ないようにしていたのだ。あのタイミングで出生の秘密を漏らしたのも、自分に罪の意識を植え付け、逃れられない枷をハメる為だった。
言葉も分からず、誰も頼ることの出来ない異国の地で、樹は茫然自失したまま、屋敷の世話係の男たちの指示に人形のように従うしかなかった。
樹は、ぎゅっと目を瞑り、よみがえってきた過去のおぞましい記憶を脳裏から追い出した。
薫には絶対に、知られたくない。
自分が巧叔父にされていたことも、アメリカでの生活も全て。
義父に救い出されて、まともな生活をしている今でも、この身は内側から穢れきって、腐臭を放っているのだ。
樹はそっと手を伸ばし、薫の頬に近づけた。でも自分が触れたら、この綺麗な兄を汚してしまう。触れるギリギリの所でピタッと手を止めて、樹はせつなく薫の顔を見下ろした。
……にいさん……僕なんかが好きになって……ごめんなさい。でも……想うだけなら……許される?
こんなにも近くにいるのに、薫は自分には眩しすぎて遠い。
ダメだ。やっぱり薫が目覚める前に消えなければ。
樹は不意に込み上げてきた不安と焦りに顔を歪め、椅子から腰を浮かした。
やっぱり、ここに居ては、いけないのだ。
薫から目を背け、立ち上がってドアの方に向かおうとした時、手首をぎゅっと掴まれた。息を飲み振り返ると、薫は目を開けて、強い眼差しで自分を見ていた。
「…っ、にい、さん……」
「樹」
薫は肘をついて自力でもがくように身を起こすと、掴んだ手を強い力で引っ張る。思いがけない動きに意表を突かれ、樹は前のめりになった。もう一方の腕が伸びてきて、ぐいっと抱き寄せられる。
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