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溢れて止まらない3
「やっと……会えた」
薫が低く呟く。その声が、身体から直接振動として伝わってくる。
抱き締められていた。
触れてはいけないはずの兄に。
頭の中が真っ白になって、咄嗟に抵抗出来ない。心臓が口から飛び出そうにドキドキしていた。
この温もりを、逞しい胸と腕の感触を、自分はどれほど欲していただろう。
薬に浮かされて火照って疼く身体を自分で抱き締めて、兄に抱かれているのだと必死で思い込もうとしていたあの日々の想い。
「樹……すまなかった」
薫は腕の力を強めて、囁く。
何か言わなければ。
突き放さなければ。
離してくれと、早く。
胸が詰まって喉が詰まって、声が出ない。
目の奥が熱くなる。
ダメだ。泣いたりなんかしたら……。
この胸に封じ込めた想いが、溢れて止まらなくなる。
「にいさん、離して」
声を絞り出した。
出来るだけ冷淡に嫌そうに。
こんなことは迷惑なのだと、兄に伝わるように。
「許してくれなくていいんだ。おまえを傷つけたことを謝りたい。俺は心の狭い人間だった。おまえの父親が誰なのか知って、あの時は完全にパニックになっていた。すまなかった……樹」
……っ。どうして……にいさんが、僕に謝るの?……違う。そんなの、おかしい。
謝らなくていい。
そのことなら、薫が動揺するのは当然なのだから。
「ね、にいさん、離して。別に、にいさんが、謝ることじゃない。僕が生まれてきちゃいけなかっただけなんだから」
「樹っ」
薫は更に腕に力を込めると、激しく首を横に振った。
「そんな言い方を、しないでくれ。おまえが誰の子かなんて、おまえ自身に責任はないんだ。おまえは何も悪くない」
樹は目を見開いた。
同じだ。義父も月城も、同じことを言う。
「樹くんは、何も悪くない」と。
自分を大切に思ってくれる人は、繰り返し繰り返し、その言葉をくれる。
でもまさか、兄がそれを言ってくれるとは思わなかった。
誰よりも憎むべき自分に対して。
「どうして、そんなこと言うの?」
樹は腕を突っ張らせて顔をあげると、薫の顔をじっと見上げた。
「どうして、にいさんが僕に謝るの?意味が分からない」
ボソッと呟くと、薫は悲しそうに顔を歪め
「そうだな……今さらだよな。あの時突き放しておいて、今さら謝られたって、おまえも困るよな」
樹はきゅっと眉を寄せた。
薫が言っている意味が、よく分からない。ただ、そんな辛そうな顔はして欲しくなかった。自分のせいでこれ以上、兄が苦しむなんて絶対に嫌なのだ。
「腕、離して、にいさん。痛い」
なんと言っていいか分からず、樹は目を逸らして小さく囁いた。
「あ……ああ……すまない……」
薫は痛いほど抱き締めてくれていた腕の力を、少しだけゆるめた。
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