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第1章.終わりの始まり1

「大丈夫だ。離れていたって、俺はおまえの幸せをいつも祈っている。おまえは俺の大切な……弟なんだからな」 やっと口に出せた、決別の言葉。 これでいい。これでよかったんだと、しくしく痛む自分の心に言い聞かせる。 薫の言葉を聞いた瞬間、樹( いつき )は戸惑ったような目をして薫を見た。 「別れるって……こと? 俺のこと、連れて行かないんだ?」 「ああ。おまえはもう自由だ。誰とどこで何をしても、何も問題ない」 その言葉に傷ついたような顔をする樹の、その瞳に混じる安堵の色を、薫は見逃さなかった。 (……俺がもし、もっと鈍感で、こいつの心の動きなんか気付かずにいられたら……俺たちの関係は、もっと違ったものになれたのだろうか) 樹は思わずほっとしてしまった気持ちを誤魔化すように、ぶすっと仏頂面をしてみせて 「ふうん……。じゃ、恋人ごっこはもう終わり?随分あっさりなんだな、兄さんって」 (……違うさ。あっさりなんかじゃない) 「そうだな。結局、俺とおまえは、本物の恋人にはなれないからな」 努めて穏やかにそう言った薫に、樹は皮肉な笑みを浮かべて 「そんなこと、最初から分かってたことじゃん。兄さんがどうしてもって言うから」 (……そんな嘲るような顔、するなよ。俺だって傷つくんだぞ) 「そうだよ。俺の一方的な我が儘だったんだ。付き合わせて悪かった。 だから、もう終わりにしよう」 これ以上は心が持ちそうにない。薫は樹の言葉を急いで遮ると、きっぱりと終わりを告げた。 ※※※※※※ 樹が初めて会ったのは、薫が高校3年になったばかりの頃だった。 父の再婚相手の連れ子で、薫より8歳も年下の少年。人見知りで母親の後ろに始終隠れて、初めて来た見知らぬ家や、見知らぬ他人の薫達に対し、警戒心と怯えの滲んだ目を向けていた。 母を病気で亡くしてまだ1年も経たないのに、突然降って湧いた父の再婚話。 泣いて抗議する程には子供じゃなかったが、まだ思春期真っ只中だった薫には、父が勝手に決めて勝手に連れてきた、若い義理の母とその連れ子を、温かく迎え入れるほどの心の余裕もなかった。 目指す進路が決まっていて、自分なりの将来を夢想していた時期だったから、家庭内のゴタゴタに煩わされたくなくて、薫はただひたすら傍観者を決め込んでいた。
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