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ケモ耳イチャイチャ篇 5 白猫はピンク色
可愛がりたくなったか? ――だって? あんたのことを甘やかして、可愛がる。そうしたくなかった時こそないっつうの。どんだけ溺愛してると思ってんだ。
「よし」
明日の朝食の準備をしていた。米を洗って、炊飯器はタイマーで朝炊き上がるようにセットして。きっと、あの人はベッドから出られないだろうから。
病人じゃないからお粥にする必要はなし。おにぎりとかなら……って、具、あったか? 白猫だから、煮干しでも焼いたら大喜びしたりして。
そっと、足音もしないように、まるで猫のように寝室へと戻れば、穏やかな寝息を立てていた。
スーッと吐息が溢れる音。
ベッドの中で丸まって寝ている姿は本物の猫のようだった。
普通、するか?
俺が猫を可愛がるのを見て、自分もそうして欲しくなったとか。癒しになるかと思ったからとか。なんで、この人はこう、俺のツボをごり押しするのが上手いんだ。最初から、俺の予想を遥かに超えることばっかりで、驚かされて、目が離せなくなって、気がついた時にはもう。
『おーい! 高雄、お前、忘年会来ねぇの? なんか新恋人とめっちゃ熱愛って伺ってますけどー? おもしれぇから、ノロケ聞かせろ。集まったのが一人身だけってくそ寂しいぞ』
要に夢中になった俺にほっぽりだされていたスマホ。確認してみたら、メッセージがまた送りつけられていた。
『年上と風の噂で聞きましたけど!』
なんで、知って……あぁ、以前、夏の飲み会で牽制も兼ねて恋人がいることだけは暴露してあったっけ。
『すごく美人なんですか?(笑) 高雄君の好みは可愛い系だと伺ってますけど』
好みも何もない。あの人の前じゃ好きなタイプとかそんなん全部吹っ飛ぶんだっつうの。
『いいなー、うらやましいなー、誰か紹介してくれー!』
やだよ。めんどくせぇ。
そう思いながら指はスマホの画面に打ち込む言葉を探してる。その時、寝ぼけながら要が俺を探し始めた。ベッドをまさぐって、少し不安そうに俺の名前を呼ぶ。
『悪いな。年末で忙しかったから、今日はたんまり恋人に癒してもらってたわ』
そんなノロケをひとつラインに置いてから、俺だけの白猫が眠るベッドへ再び潜り込んだ。そして、俺に全身で擦り寄るこの人を抱きしめながら、頭のてっぺんにキスと「おやすみ」の言葉を告げる。
「ん……たかお」
完全に寝息を立てて、ベッドへ帰ってき恋人に満足そうに笑っている。恋人じゃなくちゃ知ることのないデレたこの人がたまらなく愛しくて、少しきつく抱き締めながら、俺も、ゆっくりと目を閉じた。
「課長って何食べてるんですか?」
「え?」
「何食べると、そんな肌がツルツルになるんですか?」
「えぇ?」
あぁ、あれは相当酔ってるな。営業部の忘年会。今年も無事、仕事を滞りなく終えて年納めができたと課長らしい挨拶をした要は、今、目の保養だとか荒井さんに言われて、上座に座らされていた。
「ツッ! ツルツルなんぞしてない!」
「ツルツルですよ! ツッルツル!」
ほら、絶対に肌がツルツルの部位を間違えてる。荒井さんが言ってるのはあんたのそのピンク色のほっぺたのことだよ。そのダークグレーのスラックスの下の無毛地帯のことじゃねぇよ。
「ケアとかやっぱしてるんですか?」
「い、いや、前にどうにかならないかと薬用の、ほら、あるだろ? 今、コマーシャルしてる。そういうのをつけたことがあったんだが」
「ほー! 薬用のがあるんですか! そっかぁ。薬局ですか?」
「あぁ」
それでもなんとなく続く会話が面白くてしばらく眺めていた。っていうか、ぱいぱんなことまだ気にしてんのか?
「こ、高校生の頃のことだ!」
「えー! そんな頃からしっかりケアを!」
薬用ってもしかして育毛剤? そして、荒井さんが話しているのは間違いなく、化粧水。全く違うものを語り合うおかしな酔っ払い。あれ、記憶あるかな。高校生の時に育毛剤使って毛を生やそうとしてたなんて、可愛いにもほどがある。そして、効かなかったんだな。今でもツルッツルだもんな。
「あと、食べ物は、いつも高雄の作ったものをいただいている」
「ほえぇぇぇ! 突然のノロケ来た!」
そして、酔っ払いの会話ほど脈絡のないものはない。というより、あの人のあの会話の時間差って、付き合う前にも何度か遭遇したけど、ホント、絶妙にズレるよな。
「すごく美味いんだぞ? 高雄の、料理は」
しかも、本気でノロケやがって。荒井さんが憧れるツルツルなほっぺたを真っ赤に染めて、お菓子みたいにピンク色をした唇を噛み締めて、はにかみながら、俺のことをべた褒めとか。
「俺……なんか! 課長って、可愛いかも」
「あはは。山口君、それ庄司君に聞かれたら殺されてしまうぞ? あ……すでに、もう手遅れかもしれないね」
先輩がほがらかな声とは裏腹に、ドスの効いた低い声で抹殺方法を俺が問うと、山口が一番楽な方法でお願いしますって答えやがる。全くって、むさ苦しい山口達から、視線を要へと戻せば、まだ酔っ払いなふたりが仲良く何かを語らっていた。
「あ、そだ! 課長! このアプリ知ってます?」
「ほえ? 私はスマホは不得意なんだが」
「これこれ」
じーさんみたいな発言をした要が、隣でスマホをいじりだした荒井の手元を覗き込む。男だけど、そのきめ細かい肌はたしかに女子顔負けで、しかも酔っ払ってるから色付きがやたらとピンクで、フェロモンまとってて。隣を女子の荒井ともうひとり営業アシスタントの女の子にしておいたのは正解だったと思った。
「待っててくださいねぇ。これ、本当は課長でやりたいんですけどぉ。たぶん、庄司さんに殺されちゃうのでぇ」
「何言ってるんだ。高雄はとても優しい」
「はいはい。これ! 山口君でやってみたんで、ちっとも萌えないんですけど。可愛いでしょ?」
「ほほほぉ」
だから、あんたはどこのじーさんだよ。何かアプリで自撮り写真を加工してるんだろう。山口の写真を加工しては女子会のノリで大笑いしている。
「あ、これ! 猫耳もあるんですよ?」
は? 今聞こえた単語に即座に反応した。その人の猫耳姿を加工だとしても誰にも見せたくなくて。俺は慌ててふたりの会話に割り込もうと――。
あー、無理だ。
何、その輝く瞳とか。
「こ、これ、私もダウンロードできるのか?」
「できますよぉ。あ、それ押してください。んで、しばしお待ちを」
なんで、そんな目を輝かせてんの? なぁ、今、あんたは何を考えた? そんな嬉しそうにアプリダウンロードしたりして。
「はーい! すーみーませーん! お会計でーす! 二次会の会場は俺、山口がしっかり押さえてありまーす!」
酔っ払っている山口が大きな声で忘年会一次会がお開きになったことを宣言する。そして、ぞろぞろと会費を徴収して回っている営業部新人と二年目になってもどこか新人っぽい山口へと、俺たちの代金を託し、コートを着込んだ。
「ほら、要、帰るぞ」
「あ、あぁ、うん」
嬉しそうな顔しやがって。
足元がふわふわした酔っ払い達。なんとなく呂律の怪しい会話達の中で、山口へ二次会は遠慮することを伝え、ずっと顔をほころばせている要が誰にもさらわれないよう隣に連れて、外へと出た。
皆は二次会へ。
俺たちは別の方向へ。さっきまで大人数の酔っ払いの中に混ざっていたせいか、その輪から外れ、ふたりっきりで歩いているととても静かに感じられた。
アルコールのおかげかそこまで寒く感じないけれど、今日は、一番の冷え込みって言っていた気がする。明日からは冬期休暇なんだ。年末に詰まった仕事の疲れも出るだろうし、要は普段から薄着だから気をつけないと。
「たっ、高雄」
もう、アプリのダウンロード終わった? もしくは、操作できた? そういう類を一切しないこの人が目を輝かせてスマホを握っている姿が容易に想像できた。今、きっと、そのスマホを握り締めて、こっちへレンズを向けているだろう。さっき、山口の顔写真で試してみた、写真加工アプリで、俺のことを撮って? そんで、何を見たいの? あんたが白猫なら、俺は……何猫?
「高雄! こっち!」
「……」
風邪引かせたくないけど、その心配は必要ないかもな。
「高雄」
「……にゃお?」
「!」
「ったく、あんたはほんとう、可愛いな」
だって、抱き合ってれば、寒さなんて、俺らの間に入り込めないだろうから。嬉しそうな笑みを零すあんたの唇からほわりと滲んだ白い吐息、ピンクが鮮やか頬、そのどれもがとても愛しくて、振り返りざま抱き締めると、蕩けるほど温かかった。
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