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アンソニーとマリー編 1 青天の霹靂、再び

 青天の霹靂――俺は、この霹靂っていう漢字が書けない。馬鹿、だからではなく、書く機会はそうないだろう言葉だから、覚える必要もなくて書かないだけ。  そう、つまり、そんな言葉を使うような出来事は、一般的に何度も起こることじゃない。だからこその青天の霹靂であって、つまりは。 「へー、花織課長、けっこう歳いってるんすねぇ」  つまりは。 「お、落ち着いて! 庄司さん!」  つまりは。 「すげぇ美人だし、お肌つるっつるだから、まだ二十代前半かと思った」  つまりは、こんなことそうあってたまるかっていう話だ。 「タメで通用しますよぉ」  はぁ? なんだ、あのクソガキは。何が、今年大学三年だから? 就職を見据えての社会人経験?  社会人とか、就職とか以前の幼児レベルからやり直して来い。  顔が今人気の若手俳優に似てようが、中学高校でモデルやってようが、アルバイトの大学生のくせに高級ブランドスーツ着てようが、クソガキはただのクソガキでしかないだろ。 「おおおおお、落ち着いてください! 庄司先輩」 「そうだよ。我慢も大事だよ? 庄司君」  我慢? あ? そのクソガキがアルバイト初日からぶちかましたからいけないんだろ。 「そんなわけあるか。普通におじさんだ」 「ぶほっ、どこがすか? こんな、ちょおおおお美人がおっさんって、ウケる」 「? よくわかったな。私が受け、」 「ぎゃああああああ! ははは、花織課長! 庄司先輩が! ボールペンをブチ折りましたああああ!」  そんでもって、あんたは馬鹿だろ。なんで、ここで自分のセックスでのタチネコ説明をするんだよ。天然越えてるっつうの。ホント、ブチ切れるぞ。  その叫び声は日頃穏かにテキパキと仕事をする整然とした、営業課の一室に、まるで晴れ渡る青空に突然走った稲妻のように、響き渡った。  マジで、予想外だろ。なんだっけ? 社長のいとこの奥さんの妹の旦那の……あ、そうだ、姉の、息子、だったっけか? ほぼ他人だろうが。関係性ないだろ。血縁が遠すぎんだろ。  そんなところの他人の息子が、突然、二週間、うちの営業でアルバイトをすることになった。社会人経験を積ませたくて、どうしたものかと思っていたら、そいつからうちの営業を指名してきたらしい。  ――こんちは。二週間、お世話になります。水村智(みずむらとも)です。二十三歳。ゲイよりのバイです。守備範囲広いです。  そんなところの他人の息子は、ただの。  ――あ、でも、今回は二週間で落としたい人がいるので、ここに来ましたぁ。  ただの、馬鹿ドラ息子だった。 「まったく、あのボールペンは先月の会社創業記念パーティーの記念品じゃないか。そんなものを折るなんて、って、おい! 高雄! 聞いてるのかっ!」 「聞いてるよ」 「それならっ」 「はぁ……ったく」  キッチンで、きっちり丁寧にサヤインゲンの筋を取っていた要の白い手首を掴み、そのままシンクと俺でサンドイッチにしてやった。 「何をそんなにイライラしてるんだ」 「はぁ? あんたなぁ」 「あの水村君のことか? 少し物覚えは悪いが」 「ちげーよ! そこじゃねぇよ! あんたなぁ、あの馬鹿ドラ息子にがっつり狙われてる自覚あんの?」  細身のレンズが鋭い印象を与える眼鏡越しに要がじっと俺を見つめてる。  ただのドラ息子なら溜め息つきつつ我慢もしたさ。物覚えが悪くて、コピー取りながらスマホいじろうが、経理課の女子社員を口説こうが、取ってきたコピーを全部順番間違えて綴じようが、二週間耐えられる。仕事、だからな。  けど、そうじゃないだろ。  あの馬鹿がうちの営業課を社会人経験を積むために選んだのは、あんたが目的なんだぞ。そんなのイラつかないわけがない。 「そんな自覚いらないだろ」  感度の良さそうな繊細で真っ白な肌、セックスの快楽に落ちたらどれだけ乱れるんだろうと、男が妄想したくなるほど、綺麗で整った顔立ち、喘えがせて乱れさせたくなるハキハキとして凛と響く声、唇。 「それに、俺には」  鬼の花織課長と言われるほど仕事には厳しいくせに。 「すっ、すすすすす、好きなっ」  恋人の前でだけ生クリームと蜂蜜と餡子とカラメルでも混ぜた甘味のように、デレたりして。 「好きな人が、いるんだから……」 「……」 「彼がどう思おうが、俺の、ぁっ……ン」  会社では「私」と自分のことを言ってるこの人が「俺」って自分のことを呼ぶのは小さなスイッチ。鬼の花織課長から、世界一、可愛い。 「ぁ、ン、高雄っ、ダメだっ、ここは料理をする、とこでっ、お尻をっ」 「っ」 「ひゃああああっん」  エロい要に変わる、俺しか押しちゃいけないスイッチ。 「ぁ、あっ、ン、高雄、お尻が」 「あぁ」 「ダメだと言って、お尻、出しちゃっぁ、あっン」 「でも、花織課長?」  この人が、感度最高で。 「もうケツ出てるし、ほら、ここ」 「ぁ、あっ、指、入っちゃっ、ン」  エロくてスケベだって、知ってるのは、俺ひとり。 「あ、ン」 「要」 「ン……も、高雄は馬鹿だな」 「は?」  要が白い指先で自分のTシャツを捲くり上げ、ピンク色をした乳首を見せながら、もう片方の手で、下着とルームウエアの下を引き下ろす。 「俺がこんなやらしいこと、したくなるのは高雄だけなのに」  すでに立ち上がって先走りまで滲ませるピンク色のペニスと、つるんとした美肌の下腹部を曝け出した。  興奮してるのか、ほんのり色づいた肌は艶かしくて、自分から半裸になったあんたが、ちらっとこっちを上目遣いで見るのもエロい。全部エロいんだよ、あんたは。 「俺の、パ……パイパンを知ってるのも、見せられるのも」  もうこれだけでイけそうなくらい人のこと煽りやがって。 「高雄、だけなんだぞ?」  ホント、あんたは最高だ。

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