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第5話
「嬉しい……。嬉しいよ、黒谷」
涙が頬を伝うが、黒谷は何も言わず、紅夜の身体へ縄を掛け続けた。
「黒谷。一緒にいて。ずっと、一緒にいて」
「いいよ。俺もそのつもりで来た」
「どういうこと?」
「会いたかったんだ、ずっと。お前と別れた翌日から、毎日会いたいと思っていた。虚勢を張って我慢して、その分縄の腕前は上がったように思うが、それで会いたい気持ちが相殺される訳でもなくて。森林公園のホームページを見るだけじゃ飽き足らなくなったから、来た」
「まさか、クラフト教室のブログ読んでるの?」
「全部」
しれっと言ってのける黒谷の姿に、思わず紅夜は噴き出した。
「だったらいつでも連絡をくれればいいだろ」
「クビを切ったのは俺だし、紅夜は就職して環境が変わっていて、おそらく毎日が新鮮な日々を過ごしているから、『何で黒谷? 今さら?』という反応が予想された」
「予想だけだろ」
「その予想が的中しているのかどうかはわからない。それで姉貴と甥っ子の協力を仰いで、お前の反応を見た。お前がわかりやすい奴でよかったよ」
「何だよ、人を試すようなことをして、よかったも何もないよ」
「愛してる。この気持ちに免じて許してくれ」
「ずるいよ。許すけど」
「お前、本当にチョロいな」
ムカつく、と言うより早く、黒谷は最後の縄の処理を終え、紅夜の肩を軽く突き飛ばしてベッドの上に転がした。
「お前、大人になってもきれいだな」
「だからそう言っただろ」
「しっかり縛り付けておかないと、さっきの潔癖童貞にすら、かっさらわれるかも」
「け、潔癖童貞って……っ。失礼だよ」
言いながら、紅夜は堪え切れずに笑った。
黒谷は一緒になって笑いながら、商売道具が入ったカバンへ手を伸ばし、赤い縄を一本取り出した。
「珍しいね、黒谷が赤い縄を使うなんて」
「普段は使わない。これ一本だけ、特別に調達した」
ベッドに寝転がる紅夜の足首に、赤い縄の端を結ぶと、黒谷は反対側の端を自分の足首に結んだ。
「赤い糸のつもり?」
「赤縄 というんだ。赤い糸よりもっと逃れられない強固な結びつきを示す。縄師らしくていいだろ?」
「うん。簡単に運命を誓いすぎてる気もするけど」
「結婚なんて勢いだ」
黒谷は隣に寝転がって口角を左右に引いた。
「結婚したことないくせに」
「今、してるだろ」
「これが結婚の儀式?!」
「気に入らない?」
正面切って聞き返されて、固定概念が揺らぐ。
「ウェディングドレスがなめした麻縄っていうのも、まぁ悪くはないかな」
「最近の結婚式の主流は、自分たちらしさを前面に押し出したものらしいから、ちょうどいい」
言いくるめられた上に、抱き込まれて、紅夜は黒谷の胸に頬を押し付けながら、ほっと息を吐いた。
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