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**玉かずら**(1)
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時刻は酉 の刻。暮六ツ。今でいう午後七時。この吉原遊郭中のそこかしこから、太鼓や笛、それに小鼓などのお囃子 が聞こえてくる。
これは夜見世がはじまる合図だ。美しく着飾った娼妓達は皆、上客をとるため見世に顔を出す。
しかしひとりの娼妓 だけは違った。
彼の名は玉蔓 。
透けるような柔肌に、腰まである艶やかな黒髪が相俟って儚い雰囲気を作り出す。
唇は紅を差さずとも赤く、弧を描く眉と長い睫毛。強気なのが見て取れるつり上がった黒目は黒曜石のように清んでいる。一見すれば女性のような、たいそう美しい娼妓だった。
娼妓とはお客をとるのが仕事だ。本来、古くからの慣わしは守らなければならない絶対的なものであるにもかかわらず、けれども彼だけはそれを許されていた。
というのも、彼は吉原中すべての郭の中で一番人気で、見世の利益はほぼ彼ひとりが影響を及ぼしていたからだ。
だから玉蔓は見世には顔を出さず、見世の裏手にいた。
人びとの喧噪は消え、静かな夜気が漂う。その闇に溶け込むようにして、小川のせせらぎに身を任せる。
薄暗闇が広がるそこは孤立しているように感じる。どこからともなく、りぃ、りぃ……と儚げに羽根をならす鈴虫の音色が聞こえてくる。
視界に広がるのは、薄闇の中で薄緑色にぼんやりと光を放つ蛍たちだ。
蛍は、ある説では自分を自ら危険だと知らせるために光るとも言われている。その姿は虚勢を張って生きている自分に似ていると、玉蔓は自嘲気味な笑みが零れた。
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