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**玉かずら**(2)

 そんな玉蔓の心に、ひとりの男が宿っていた。  彼はもう阿蘭陀(おらんだ)から戻ってきた頃だろうか。  玉蔓は遠く離れた手の届かない場所に行った彼のことを片時だって忘れたことはなかった。  ――それは三年前。  玉蔓には心から許せる男と出会った。漆黒の黒髪は襟元にかかるよりも少し短く、象牙の肌に鋭い双眸の美しい男性。玉蔓は一目見た瞬間から彼に目を奪われ、そして彼もまた足繁く玉蔓の元に通い、楽しい夜のひとときを過ごしていた。  そんなある日のことだ。  彼の親族の遣いの者から一通の手紙を渡された。  内容は、「彼はこれから三年間、阿蘭陀へ行き、医術を習い、立派な医者になって戻ってくる。彼の名に傷が付くから関わらないでほしい」というものだった。  無論、想っている彼を簡単に手放すことなどできるはずがない。  玉蔓は手紙を一蹴したものの、けれども自分の立場というものが彼にとって悪影響でしかないということも知っていた。  だから玉蔓は彼を想い、自らの手で幕を下ろすことにした。  玉蔓は彼が阿蘭陀へ行くことで見世に顔を出さなくなることを理由にして、金子がもらえないなら通ってもらう意味がないと、彼を郭に来られないよう締め出した。  それからだ。彼は二度と玉蔓の前に現れることはなく、そして玉蔓の心には三年経った今もなお、彼がいる。  けれども将来有望な彼は自分の元にはけっして戻らないことを知っている。  他に好いた女性を見つけているに違いない。  けっして叶わない恋心を胸に秘め、健気に生きてきた。

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