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**玉かずら**(3)

颯真(はゆま)さま……」  愛おしい彼の名を呼ぶ赤い唇から、鈴虫の羽音にも負けず、悲しげな声が漏れた。  こんなに想っているのに慕情を伝えられないことが苦しい。  ひと目でもいい。彼に会いたい。  しかし彼に会おうものなら、自分のせいで一生が台無しになってしまう。 「……っつ」  会うこともままならず、想いすらも告げられない玉蔓は、胸の痛みに耐えきれず、うずくまった。  目の前を飛び交う無数の蛍たちの光が、ぼんやりと滲んでいく……。 「見つけた」  叶わない恋に涙していると、ほんの一瞬、静寂が途絶えた。  聞き覚えのある声に両肩が大きく震え、反射的に振り返る。  するとそこには、すらりとした背の高い男性が立っていた。  夢にまで見た玉蔓の想い人、颯真だった。 「どう、して……ここに……」  これは夢だろうか?  瞬きをすれば、大粒の涙が頬を滑り落ちた。 「君は俺を無下に扱ったが、本心は好いてくれているからだろう? 阿蘭陀に行くことを決意させるため、背中を押してくれたんだ。だから、ここに戻って来た」 「……すごい自信」 「当然だ。君は心ない人と一夜を共にする人ではないだろう?」 「俺は娼妓だ。必要なら誰とだって寝る」 「だが、必要がなければ誰とも寝ない。そうだろう?」 「……っつ!」  玉蔓の性格を知り尽くした彼はにべもなくそう言う。言い返す言葉が見つからない。 「迎えにきたよ、玉蔓」  颯真はそっと手を差し伸べてきた。

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