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第10章の4

みんなびっくりして大声をあげたが、まず我に返った直人が、 「すごいじゃん。なのに、どうしたんですか、社長…? 」 社長はさらに言いづらそうに、 「麻也、お前、前の事務所の伊尾木(いおき)さん、って覚えてるか? 」 麻也は一瞬思い出せなかったが…いや、前のバンド関連は思い出したくもなかったが… (…専務、か…) …あの…坂口の暴走をいつも止めていた、ローベルグループの会長の懐刀… …あの…いまわしい事件が「いまわしい」と坂口に意思表示してくれた、 数少ない人の一人… そして、自分が会社をクビになった時は、「ギターだけはやめるな」と言ってくれた人… 「麻也、思い出せないか? 」 麻也が黙ってしまったので、みんなが心配しているのが伝わってくる。 特に諒… 社長はどこまで聞いたのか…心配になったが、 何ともない事のように答えてみることにした。 「思い出した。専務だった人ですよ。前のバンドに好意的だった、数少ない人の一人で、 俺がクビになった時も、ギターだけはやめるな、って言ってくれて…」 すると社長はほっとしたように、 「その伊尾木さんにもらったタイアップなんだ。 もちろん条件つきなんだけどさ…」 麻也はなんだか嫌な予感がしてうつむいた。 すると案の定… 「3件とも麻也の力を借りたいんだ。ひとつはあの、ローベル企画の…」 社名が出て来るだけでも断りたい。それは諒も同じだったようで、 「社長、どうしてそこの仕事受けるの?  いくらタイアップが必要だからって、そこ、ウチに悪意持ってるじゃん。」 「今度は大丈夫だよ。伊尾木さんが専務になったから。 あの人は芸能界の浄化を訴えてるし、 会長のお気に入りになったみたいだから、 ロックの不成功がこたえてる今の坂口社長も追い落とせそうなんだ。」 諒の手前、そして、真樹の手前、麻也は言葉に困り続けた。

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