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六十二、未知の世界

 そうこうしているうちに、次々と黒い大型バイクがグラウンド内に滑りこんできた。ドゥン、ドゥン……と地面を揺るがすような騒音が響き渡り、揃いの黒いライダースジャケットに黒いフルフェイスヘルメットの男たちが、わらわらと校庭に入り込んでくる。まるで軍隊のような物々しさだ。  グラウンドにバイクを停め、そのまま学校内へ駆け込む者もいれば、舜平たちのいるところへ駆け寄ってくるものもいる。また、外部から学内の様子が見えないように、新たに人払い結界を張り始める者もいる。  そのシステマティックな動きを、舜平たちは驚きつつも見守っていた。そこへ、ゆっくりと歩み寄ってくる黒ずくめの男が二人。 「よくやった。珠生、舜平」  スラリとした男が、フルフェイスヘルメットを外した。そこから現れた見覚えのある顔に、優征と斗真はまた唖然とする。 「さ、斎木先輩……!?」  彰は乱れた髪を無造作に掻き上げると、二人を見て微笑んだ。 「やぁ、こんなところで会うとは奇遇だな。君たち、怪我はないかい?」  彰は後輩たちの前に跪くと、亜樹を抱きしめている珠生を見下ろす。珠生は顔を上げた。 「湊の彼女に意識がありません。パニックになっちゃったみたいだ」  珠生がそう言うと、彰は百合子の肩を抱いている斗真の方へと膝をつく。呆然として、なにも見ていないような百合子の表情を見て、彰は人差し指と中指を、とんとその額に当てた。  金色の光が彰の指先に灯る。そのあと、百合子は目を閉じてぐったりと脱力した。 「記憶は消した。後のことは、葉山さんたちに任せればいい」  見ると、いつものセダンも校門の前に停まっている。葉山は妹の美波を始め、数人の女性を連れて学内へ入ってくるところだった。 「ありがとうございます……」  湊は倒れた百合子を斗真から引き受けると、痛ましげに百合子を見下ろしてぎゅっとその肩を抱き締めた。そんな様子を見ていた斗真と優征は、見たこともない湊の表情に戸惑うばかりだ。 「……さて、と」  彰は、優征と斗真に向き直る。 「なんじゃ? 高校生か、でかいのぉ」  どこかで聞いたことのある広島弁に、舜平ははっとしてその男を見た。男はフルフェイスヘルメットを外すと、こざっぱりした坊主頭を晒して、ニンマリと笑った。 「敦!」 「よー、舜平。久しぶりじゃな!」 「お前、能登担当ちゃうんか」 「こっちのほうがきな臭いいうてな、藤原さんに呼ばれとったんよ」 「へぇ……」 「おおー! 珠生くんに亜樹ちゃん! 久しぶりじゃなぁ!」  すでに泣き止み、珠生に肩を抱かれて呆然と敦を見上げていた亜樹が、我に返ったようにはっとした。ぐいと腕を突っ張って、真っ赤な顔で珠生から身体を離す。 「も、もう大丈夫やし……」 「あ、うん……」  二人はもじもじしながら身体を離すと、珠生は居心地悪そうに立ち上がった。  身体にフィットした黒いライダーススーツ姿の珠生を見て、敦はニヤリと笑う。 「珠生くんも久しぶりじゃ。いやいや……その服、よう似合っとるな。相変わらず色っぽいのぉ、君は」 「あ、はぁ……どうも」  敦のねちっこい視線と口調を嫌がったのか、珠生はサッと舜平の後ろに隠れてしまった。敦の言動に呆れ顔の彰は、しっしと手を払って敦に指示を飛ばしている。 「こら、セクハラはしないこと。敦、君も学内を調べてこい。探索方の援護に行け」 「へいへい」 と、敦はヘルメットをシートの上に乗せ、校舎の方へと駈け出した。 「さて、空井、また君か」  彰は改めてバスケ部の後輩二人組を見た。斗真は戸惑い顔で、「また……?」と首をひねる。 「君は覚えていないだろうが、一度すでに君の記憶をいじったことがある。だから二度目となると……ちょっと心配だな」 「え……? え? 俺、前もこんなことになってたんすか?」 「君は以前も、珠生と湊に命を救われている」  きっぱりとそんなことをいう彰を見て、斗真は戸惑いの眼差しで珠生を見上げた。  揃いの格好をしている舜平と並んで立ち、静かな目つきで自分を見下ろす珠生と目が合う。ただそれだけで、斗真はぽっと赤くなった。 「全然……覚えてへん」 「僕が記憶を消したからね。ただ、その時の高ぶった感情は残ってしまったのかな。君が珠生を見てときめくのはそのせいだろう」 「と、と、ときめいてなんかないっす!!!!」 「見てりゃ分かるわ」  真っ赤になって否定しようとする斗真を見て、優征が冷静な声でそう言った。 「……ほんなら、今日見たあの黒い蛇みたいなんとか、珠生らが戦ったりしてんのとか……そういう記憶を消すってことですか」  優征はもう落ち着いている様子だ。さすがにキャプテンまで勤め上げると、そこそこに度胸が着くらしい……と、彰は微笑んだ。 「そう。見ていて気持ちのいいもんじゃなかったろ」 「まぁね。……でも、斗真の頭はいじれへんていうことすか?」 「二度目となると、何かしら影響が出る可能性があるからな。ま、こんなことに二度も巻き込まれる方が珍しいから」 「……はぁ」 と、斗真が頭をかく。 「斗真の記憶を消せへんねやったら、俺のも消さなくていいです」 と、優征がそう言うので、珠生は驚いた。「何で?」と、思わず問う。 「だってこんな話、誰にしたって通じるもんとちゃうやん。斗真がなんか話したくなった時に、状況を分かってやれる奴がおらな、つらいやろ」 「優征、お前……俺のために?」 と、斗真がうるうると目を潤ませている。  優征は面倒臭そうに斗真を見て、ため息をついた。 「こいつ、こんなんやし」 「……まぁ、それもそうだが」 と、彰はまだなにか考えてる様子である。 「俺、誰にも言わへんし……ってか言っても誰も信じひんやろうし。それに、沖野のこと、昔からなんか変やなって思っててんけど、その理由が分かって逆にすっきりしたっていうか」  優征は珠生を見上げ、その隣に立っている舜平も見上げた。腕組みをして自分を見下ろしている舜平を見て、優征はちょっと唇を釣り上げた。 「謎の人間関係の理由も、腑に落ちたというか」 「……」  舜平はぴくりと眉を動かして、優征の含みのある視線を受け止める。そんなふたりを見比べつつ、彰はすっと立ち上がった。 「君がそこまで言うなら。しばらくそれで様子を見よう。まさか妖まで見えるようになっていたなんて、想定外だがね」 「俺のせい、ですよね」  珠生が申し訳なさそうに眉を下げると、彰は微笑んでぽんと珠生の頭を撫でた。 「まぁいいじゃないか。それも含めて様子を見よう。何か役に立ってくれることもあるかも」 「はぁ……。ごめんね、二人共」 「いいねんいいねん。助けてもらったんやし、これくらい」 と、立ち上がった優征はズボンの砂を払いながらそう言った。ぐいと斗真も引っ張って立たせると、腑抜けた顔をしている斗真の背中をべしと叩く。 「……珠生、俺……。助けてもらっといて忘れてて、ごめんな」 と、斗真は申し訳なさそうな顔でそう言った。珠生は笑う。 「ううん、巻き込んだこっちが悪いんだ。無事でよかった」 「珠生……」  今にも珠生に抱きついてきそうな斗真を見かねてか、彰がずいと間に入った。 「さて、知ったからには多少の説明をしておく必要がある。この人について行って」  彰が顔を向けた先には、黒いライダーススーツに身を包んだ若い女が立っていた。見たことのない顔だ。二人はその女のあとを歩きながら、ちらちらと珠生達を振り返る。  珠生と彰、そして舜平ら三人は、何やら難しげな顔で話をしている。そこにいる珠生の表情は、普段学校では見せないような厳しいものだった。  ぴったりとした黒革に包まれた大きめの尻を見下ろしながら、優征は思わず尋ねていた。 「あんたにも……あんな力があるんですか?」 「あの方たちは特別ですよ。私は、多少妖が見えて、道具があればそれらを消すことが出来る程度の力です」  女は横顔だけで振り返り、歩きながらそう言った。 「特別……」 「それも含めて、説明があると思います。他言無用でお願いします」 「……はい」  二人は狐につままれたような顔のまま、葉山の元へと連れてこられた。すでに百合子の手当を終え、部下に彼女を家まで連れて帰るように命じたばかりの葉山は、大柄な高校生二人を見て首を傾げた。  ライダーススーツの女から説明を聞いている葉山のそばには、いつものクールな表情に戻った湊が立っていた。  湊は静かな瞳で優征と斗真を見たあと、葉山に「お願いします」と言い残し、珠生たちの方へと歩いて行ってしまった。 「お二人とも、はじめまして。私、こういうものです」  歩き去る湊を見送っている優征と斗真の目の前に、スッと名刺が差し出される。   それを手渡す若い女の顔と、名刺に書かれた肩書きを見比べながら、二人はまた顔を見合わせた。

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