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プロローグ 再会の夜

 千珠はいつも、どこか挑戦的な目つきで舜海の腕の中にいた。  どんなに喘がせても、悶えても、その目だけはいつも小生意気で、その眼差しがより舜海を猛らせたものだった。  銀色の長い髪が、汗ばんだ互いの肌に絡みつく、くすぐったい感触が好きだった。  抜けるような白い肌に指を滑らせるたび、悔しげな表情をしつつも色っぽい声を出す千珠を見ていると、思うとおりにならない誇り高い獣を飼いならすような、妙な征服感があったものだ。  一方珠生は、抱く度に姿を変える気まぐれな猫のようだった。  どこまでも従順に喘ぐ日もあれば、舜平に襲いかかって自ら腰を振る日もある。  可愛らしく、いかにも純真そうな顔をしているくせに、そんなふうに乱れ狂う珠生から目が離せなかった。  大人しくて優しい珠生、爽やかに笑っている珠生、亜樹たちと言い合いをして膨れている珠生、鮮やかに敵を斬る凛々しい珠生……それらすべての顔が、手放しがたい宝石のように思えていた。 「はっ……はアっ……! あっ……あん、ンッ……! ……はぁっ……!」  玄関からリビングへ通じるひんやりとした廊下の床の上で、舜平は珠生に覆いかぶさっていた。下だけを脱がせた中途半端な格好で脚を開かされ、舜平に乱暴な扱いを受けながらも、珠生はうっとりとした目付きで舜平を見上げるのだ。  桜の下で再び再会した夜のこと。  久しぶりに触れた珠生の身体は、舜平の指ですら硬く締め付けるようだった。しかし、キスを繰り返し、胸を舌で弄り、内腿に舌を這わせているうちに、珠生の身体はむしろ舜平を強く求めるように、熱く蕩け始めていた。  早く早く……と舜平を欲しがる珠生の涙目を見下ろしていると、むしろ焦らしてやりたいという意地悪な気持ちが湧いてきて、舜平はしばらくそのまま珠生をいじめた。珠生はいやいやをするように首を振り、懇願するように舜平を強く求めた。欲しがられれば欲しがられるほど、舜平の心は満たされる。  霊気がなくなった今でも、こんなにもすがりついて自分を求める珠生を、心底愛おしいと思った。 「あっ……! あんっ……!! んっ……、ァ、あっ……!!」  珠生の身体に荒々しく腰をぶつけると、濡れた音が廊下に響いた。二人の熱い身体がとろけ合い、暗く冷えた廊下の温度が、少しずつ上昇していく。 「く……いく……っ!」  舜平が荒い息の下でそう訴えると、珠生は一層舜平の腰に脚を絡ませて、深く深くつながろうとする。 「飲ませて……もっと……! 奥で……出して……!」 「ん……はァっ……ん……!」  深く深く繋がったままの状態で、舜平は果てた。舜平は真っ白になった頭を珠生の肩口に落として、肩を上下させて呼吸を整える。珠生は舜平の頭を抱いたまま、はぁ、はぁ、と荒い吐息を漏らしていた。 「……舜平さん、好き……好きだよ……好き……もう、離れないで、俺……俺は、舜平さんがいないと……」 「俺も、お前が好きや。どんなになっても、俺は……」 「舜平さん、愛してる……好き、そばにいて、ずっと……そばにいて」 「不安にさせて悪かった。ごめんな……。俺だって、お前がいいひんかったら生きていけへんのに……お前を突き放すようなこと言って……」 「舜平さん、舜平さん……」 「愛してる。珠生、愛してる……」  珠生はいつから泣いていたのだろうか。見下ろした珠生の頬は、涙でしっとり濡れていた。唇を震わせながら舜平の名を呼ぶ珠生の声が、舜平の胸を強く強く締めつける。 「舜平さん……俺……強くなったんだよ? ……だから、俺に何もしてやれないとか、考えないでいいんだ。ただ、俺のそばにいてくれるだけでいい。……俺には、舜平さんが必要だから……っ、……」  珠生は唾液で濡れた艶やかな唇で、嗚咽を漏らしながらつっかえつっかえそんなことを言った。きっと舜平に負い目を感じさせたくない一心で、苦手な精神修行をものすごく頑張ったのであろうと、舜平は思った。  あんなことを言った自分を、健気に待ち続けてくれたこと。自分のために努力を重ねてくれたことは嬉しいが、同時に申し訳なさも感じてしまう。舜平は珠生を引き起こし、ぎゅっと強く抱きしめた。そして、安心させるように背中を撫で、頭を手のひらで包み込む。 「……ありがとうな」 「っ……うっ……うぅっ……っ」 「珠生……」  感情で胸が詰まって、言葉が出ない。  舜平はただただ珠生を抱きしめながら、人知れず涙を流した。  珠生の体温。絡みつくしなやかなかな肢体。優しい肌の感触。とめどなく溢れ、舜平の肌を濡らす涙。  何もかもが愛おしい。あの頃から、まるで変わることのないこの気持ち。  五百年もの間、互いの心を縛り合う、甘い、甘い、因縁の呪縛。 「……珠生」 「舜平さん……舜平さん……」  一瞬でも珠生を離したくなかった。  出来うる限り、深く深く、繋がり合っていたかった。  珠生も、どこまでも貪欲に舜平を求めた。  離れられない。  離したくない。  愛している。  そんな言葉ばかりが、舜平の頭を巡っていた。  何度も何度も身体を重ね、声にならないそんな想いを珠生に注いだ。  涙を流しながら声を枯らす珠生を抱き締めて、ただひたすらに無言の愛を叫んだ。  狂ったように、交わり会った夜だった。  

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