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12、イメージトレーニング

 午後の修行の第一弾は、イメージトレーニングだったため、攻方や感知方などの隔たりなく、暗幕をひいたただっぴろい体育館の中で一斉に修行が行われる。  珠生と深春は当然攻方に振り分けられており、敦や高遠もそのメンバーである。名簿を眺めたところ、知らない名前がたくさん並ぶ中に”常盤莉央”や”斎木彰”、”藤原修一”の名前も五十音順で当り前のように連なっている。攻方は全部で十名である。  感知・治療方には、”葉山彩音”の名前があり、その中に”天道亜樹”も名を連ねている。また、葉山の元恋人でもある”更科宗一”という名もあった。感知方は治療・結界・探索と仕事が多いためか、攻方に比べて並んでいる人数も二倍くらい多く、二十一名の名前が並んでいる。  そして最後に、呪具・技術方という括りに”相田舜平”、”柏木湊”の名前が入り込む。その方は一番人数が少なく、合わせて五名ほどだ。 「何だこりゃ」 と、深春の呟く声が背後から聞こえた。珠生もその意見には賛成である。  ただっぴろい真っ暗な体育館の中には、ずらりと火の灯った蝋燭が何列にも並んでいるのだ。奥手の方では、すでに数人のジャージ姿の男たちが、目を閉じてあぐらをかいているのが見える。 「すでにイメージトレーニングに入っているのは、能登班の面々です。あとから紹介しますよ」 と、珠生達を待っていたらしい高遠がそう言った。一旦体育館の扉を閉めると、さんさんと太陽の光が差し込む明るいロビーで、高遠は皆に向き直った。 「イメージトレーニング、ですか?」 と、珠生。  高遠は微笑むと、説明を始めた。 「そう。私達の能力は全て、自らの力をイメージし、それを具現化するものといえます。頭の中で術をイメージし、印を結んで気を練り合わせ、詠唱によって発動する、といった流れになります。舜平くんはご存知のとおりだろうけどね」 「はい」 と、舜平は頷く。 「千珠さまの宝刀も、似たことが言えるのではないかと思います。妖気と霊気を混合させて具現化したものだ。実体ではないから、あなた以外の者が握ることができないのが、その証拠です」 「はぁ、なるほど」 と、珠生は頷いた。 「では、それぞれに課題を与えます。しっかりそれに取り組んでください」 と、高遠は一人ひとりの顔を見つめながら人差し指を立てた。 「まず、亜樹さん」 「は、はい」  同じく明桜高校ジャージを身に着けている亜樹が、背筋を伸ばして返事をする。 「君は潜在的に高い霊力を持っています。神と対峙できるのが何よりの証拠です」 「はぁ」 「ただその力が高まるまでには、舞や禊といった集中力と時間を要するという面があります。そこで、今回、亜樹さんは霊力を瞬時に高められるようになるための課題をやってもらいます。そうすれば、ある程度の結界術などは呪符の力を借りなくとも張ることが可能になるでしょう」 「は、はい」 「霊力の源は、丹田と呼ばれるこの下腹部あたりに力を込めるのがみそです。まずは、あなたの中に眠る力をそこに集中させ、蝋燭の火にぶつけることをやってみてください。火が消えたら合格」 「はい」  亜樹はしっかりと頷いた。高遠は微笑み、次に珠生と深春を見る。 「さて、君たちは攻方の最前線を担ってもらう御役目です。あなた方は気の流れを爆発的に高めることもできる上に、身体能力も常人を超えたものを持っておられる」 「……よくご存知で」 と、珠生は高遠を見た。 「報告会や会議で色々とお話は聞いていますからね。それに、僕は千珠さまの戦い方も見知っていますし」 と、微笑む。 「このイメージトレーニングでは、具体的に敵と相まみえた時、どう動くかということをイメージしてみてください。特に珠生くんは、実際に水無瀬菊江ともやりあっているし、陀羅尼、夜顔や雷燕、全ての妖との戦闘経験があります。考えられうる全てのパターン、それに対する切り返し、こちらからの攻撃方法、それらを具体的にイメージしてみてください。後から攻方の中で共有したいと思いますので」 「共有ですか……うまく伝えられるかな」 と、珠生は困り顔をした。 「大丈夫、言葉でだけではなく、実際に明日動く機会があります。そこであなたたに敵役となって動いてもらうのです」 「なるほど。ロールプレイですか」 「その通り。さて、深春君ですが、君はまだ実戦経験が少ないそうですね」 「あ、はい」 「君はまだ目覚めてから月日も浅く、戦い方もまだ不明な部分が多い。なので今回は、自分の戦い方を思い出す時間にして欲しい……のですが」 「……」  深春は目を伏せた。 「ええ……それを思い出すことは、君の罪の意識を否応なく強めることになってしまう。しかし、君は藤之助様に剣技も習っているはずだ。それを主に思い出すようにして。藤之助様に言われた言葉の一つひとつを、しっかりとその身に蘇らせるのです」 「はい」  深春は表情を引き締めて、こっくりと頷く。 「よし。では、湊くん。君は昔も今も珠生くんのそばにいる時間が長いため、自然と霊力が上がってきている傾向があります。それを、今世でも呪具を用いて攻撃に回れるようにしていってもらいます」 「はい」  湊は頷いて、眼鏡を指で押し上げる。 「君は弓を使えるそうだね。それで何度も皆の危機を救ってきたと聞いています。なので今回は、この裏手にある射撃場で実技訓練をしてもらいます」 「ほう、俺だけ?」 「君のカーボン製の弓、まだきちんと使う機会がなかったんじゃないかな。この時間は、静止した状態からそれでどこまで正確に的を射れるかというデータがほしいんです。そしてその後は、バイクの後ろに乗った状態から的を射る……まぁ現代版流鏑馬といったところです……そんな状況でどれだけ正確に的を狙えるか、というデータも取りたい」 「データっすか。分かりやすくていいですね」 と、湊は頷く。 「一人で寂しいかもしれないけど……技術部のものがいるから」 「いいですよ、俺は。そっちのほうが落ち着いて色々パターン試せそうやから」 「分かりました。……さて、舜平くんはもう基本的なことは全部知ってるだろうから省くけど、失われた霊力を少しでも高めるために、多少呪具の力を借りてみたいと思います。うまくいくかは、まだ不明だけど」 「やれることは全部やってみたい。なんでも言うてください」 と、舜平は腕組みをしてそう言った。 「よし。では君は私と組んでもらいます。懐かしいね、昔も君が来たばかりの頃はこうして二人で組んだもんです」 「ほんまですね。俺も安心してやれる」 と、二人は顔を見合わせて笑った。 「さて、葉山と墨田はいつもの様にイメージトレーニングに入ること。戦闘経験も増えたろうから、それを振り返りながら、更に自分ができる動き、応用できる術式について考え、それをあとでレポートです」 「……はい」  葉山と墨田は、どことなくすでにげっそりとした表情を浮かべて頷いた。レポートというのは、そんなにも面倒なものなのだろうかと、珠生は思った。 「先輩……斎木先輩も、こういう訓練積んできたんですか?」 と、亜樹が高遠を見上げてふとそんなことを尋ねた。  高遠は微笑むと、首を横に振る。 「いいや、あの子は……佐為は子どもの頃に藤原さんに見つけ出してもらった時から、ほぼすべての術をすでに体現できたそうだよ。ただ、情緒面だけが不安定でね、宮尾さんにその点でお世話にはなったらしい」 「へぇ」 「小学生の身に、今とかわらぬ力と知識を持っているっていうのも、アンバランスなことだからね。しかしながら、今も昔も佐為はすごい。器用で強くて賢くて……ほんと、僕が上司でよかったのかなって、毎回思うよ」  にこにこしながら彰をべた褒めする高遠は、誇らしげの微笑んでいる。その表情からは、いかに彼を信頼しているかということが伝わってくる。水無瀬菊江絡みの事件では、幾度も彰の苦しげな表情を見てきたこともあったため、こうして彰が多くの人に信頼されているところを確認できると、珠生はなんだか安心できるような気がした。  藤原に高遠、常盤も皆、彰を信じて認めている。一人で背負い込みがちの彰の背中を支える皆の手がはっきりと見えて、珠生は嬉しかった。 「さぁてと、では開始しましょうか。京都班が来るまでに、少しでもレベルアップしましょう」  ぱんぱん、と手を打って、高遠は爽やかに笑った。

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