322 / 530

19、自由組手

 昼食後、湊は攻方の自由組手に参加することになった。  午前中はずっと『技術部』という部署から来ている職員と二人で、弓の精度や改善点について話し合った。  『技術部』とは、職員たちの装備や呪具の開発を行う部署だ。京都市内の見回り時に使用したライダースーツやヘルメット、大型バイクなども彼らが調達したものだという。  職員たちからのレポートや聴取したデータを元に、呪具に改良を加えた上、職員たちの標準装備として形にするのが仕事だ、と影の薄い技術部の男は言っていた。  感知方の面々も同じタイミングで昼食を取りに来ており、湊は亜樹を見つけて共に食事を取った。亜樹はすっかり紺野と仲良くなっている様子であり、蝋燭の火を消せたのだと得意げに喜んでいた。  いつになく心から活き活きとしている様子の亜樹を見て、湊も少しばかり嬉しくなった。 「ところで、攻方の人らがおらへんな」 と、カレーを食べ終えた湊が、広々とした喫茶室を見回してそう言った。ジャージ姿で黙々とハヤシライスを食べているのは、皆感知方の面々のようだ。 「そう言えば……まだ終わってへんのちゃう?」 と、亜樹も周りを見回してそう言った。 「俺、午後からそっちに合流やねんけど……」 「攻方の人たちはプライベートビーチで訓練って言ってましたよ。見に行ってみましょうか」 と、紺野が同じくハヤシライスを食べ終えて水を飲みながらそう言ったので、二人はついていくことにした。  まだ本格的にビーチへ繰り出したことはなかったため、二人はロビーからウッドデッキを眺めて軽く感嘆の声を上げた。そこから眼前に広がる白い砂浜はきらきらと輝いており、その向こうに広がるコバルトブルーの海は、記憶の中にある厳島の海の色とも、全く違う色をしていた。 「わぁ、きれい!」 「ほんまやなぁ。やっぱ修学旅行んときより景色ええわ」 「あれぇ、いないですねぇ」  めいめい好きなことを言いながらあたりを見廻していると、ホテルのロビーからは少し離れた場所に人だかりができているのが見えた。  三人は顔を見合わせて、砂をさくさくと踏み鳴らしながらそちらへと向かう。  わいわいと何かを取り巻いている人々の中には、攻方だけではなく感知方の顔もちらほら見られた。食事を終えてかその前からか、ここへ見物に来ていたようである。 「……何やこれ」  彼らが取り巻いて声援を上げている対象を認めて、湊は声を上げた。亜樹と紺野も、ごくりと固唾を飲んでそれを見つめる。  珠生と深春が、組手をしているのだ。  +    一戦目、二戦目と、その都度組む相手を交代しながら自由組手の訓練は続いた。珠生の一戦目は彰であり、二戦目は敦だった。  ものの一瞬で敦をのしてしまった珠生に、敦は何度も何度もしつこく戦いを挑んだ。投げ飛ばされたり、強かに腹を打たれたりと散々な目に合いながらも、それでもめげない敦を相手に、珠生は毎回気合を入れてその剣を受けていた。 「はぁっ……! はぁっ……!! この……ちょろちょろと……!」  ぜいぜいと肩で息をしながら珠生を睨みつける敦とは対照的に、珠生は息一つ乱していない。額の汗を腕で拭うと、珠生は勝気に笑って剣を向けた。 「もう一勝負しますか?」 「あったりまえじゃあ!! ……このまま……負けてたまるか!」 「もう駄目。時間だよ、敦」  この回は観察役だった彰が、手を上げて皆の動きを止める。 「もうそれに君、動けないだろ。次は観察でもしといてよ」 と、彰は敦にクリップボードを渡して涼しげに笑った。 「う、動けんとか……んなことあるわけ……ないわい!」 「……馬鹿言ってないで、さっさと水分補給してこい」 「なんじゃ今日は。どいつもこいつも俺を馬鹿呼ばわりして……」 「ほら、早く。珠生、次は深春と組め」  汗だくの暑苦しい敦を追い立ててから、彰は珠生にそう言った。珠生はTシャツを引っ張って風を入れながら、楽しげに笑う。 「へぇ、そりゃ楽しみだ」 「向こうもやる気満々だよ」  海の方に目をやると、深春はすでに珠生をじっと見つめて立っていた。目が合うと、にやりと笑う。 「一回やってみたかったんだ、深春とは」  珠生はいつになく挑戦的な笑みを浮かべて深春の方へと歩を進めた。実践訓練で、珠生の中に眠る好戦的な面がかなり刺激を受けているようだった。それでも、妖気が騒いでいる様子は見られず、彰は安心してそんな珠生の背中を眺めた。  深春は木刀を砂浜に突き立て、その上に手を乗せて笑みを浮べている。深春も珠生と同様、久しぶりに本気で暴れているせいか、とても生き生きとした強い目をしている。 「興奮するぜ、珠生くんとやれるなんてさ」 「俺も。普段は喧嘩すんなって言われてるもんね」 と、珠生は木刀をすうっと深春の方へ向ける。 「手加減なしだぞ」 「当然だ」 「本気で殴っちゃったらごめんな」 「当たることはないと思うから、大丈夫だよ」  二人は心底楽しげに見つめ合った。そして音もなく、二人の組手は始まった。  

ともだちにシェアしよう!