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18、紺野と亜樹

 一方、感知方は結界班、治療班に別れての修行が行われていた。  亜樹は結界班に組み込まれているのだが、昨日のイメージトレーニングでの課題がまだこなせていないこともあり、紺野とともに体育館の隅で蝋燭と向き合っていた。  感知方は、攻方よりもずっとイメージを具現化する力が必要なのだという。敵を攻める技ではなく、味方を守るための技には、それなりの強度がどうしても求められるのだ。紺野は治療班に配置されているが、感知方では結界術は必須であり、それがまだすぐには形になりにくい紺野は、亜樹の目にも肩身が狭そうに見えた。 「はぁ! ちょっと休憩しようやぁ」 と、くたびれ果てた亜樹は脚を投げ出して息をついた。真剣に炎を見据えていた紺野も、はっとしたように顔を上げる。 「あ……そうですね」 「ずっと根詰めててもあかんと思うねんな。ああ、肩こった」 「はい……疲れましたね」  紺野は正座を崩すことなく、くいくいと首を回している。亜樹はこの生真面目な年上の青年を見上げて、尋ねた。 「いつ、この力があるって分かったん?」 「……中学二年生の頃です。急にね、怖いものに襲われるようになったんです」 「ええ?」 「きっかけは祖母が死んだ時だと思うんです。そのお通夜の晩から、急に小さな妖が見えるようになったの。棺を開けようとしたり、蝋燭の火を消そうとしたりするような、悪戯をするだけの妖だけど。大好きなおばあちゃんにそんなことをする妖を見て、怖かったけど腹が立ったんです」 「ホラーやな……」 「でね、僕はその妖に声をかけてしまったんです。それ以降、僕は何かにつけ、彼らに悪戯されたり、いじめられたり……。それを嫌がってる姿を人に見られたくなくて……だって変ですよね、見えないものに向かって喚いているなんて、病気にしか見えないもの」 「確かに。……誰に見つけてもらったん?」 「あぁ、僕は……あそこにいるでしょう、結界班の成田さん」  紺野の指差す方には、結界班のまとめ役のようになって指示を飛ばしている、成田久典の姿があった。  結界班は今、全員の力量を揃えて作るという、巨大な結界術を空中で成している最中だった。葉山も更科も、背中に汗を流しながら必死で手を掲げ、そこに力を注ぎ込んでいる。 「安心した。自分が変じゃないんだって、やっと認めてくれる人が現れて。……あの珠生くんて子も、そうだったんでしょ?」 「え」  珠生の名が出て、亜樹はどきりとした。 「分かるよ、あの妖力の大きさ。やっぱりあの子も只者じゃないって分かる。霊気で抑えてるから、パッと見は分からないけど……あの子が本気になれば、僕たちは束になっても敵わないと思う」 「そんなん買いかぶり過ぎやろ。あいつ普段はただの女々しいエノキやもん」 「エノキって……あははは」  紺野は思わず吹き出した。亜樹は、初めて見た紺野の笑顔に、思わずつられて笑った。 「仲いいんだね。おんなじ学校だっけ?」 「別に仲良くはないけど。高二の時、うち、虐められてて掃除用具入れに閉じ込められてた所を、沖野に見つけてもらってん」 「ええ、いじめって……」 「ああ、ええねん。もう慣れてたし。うちはそんな事、全然気にならへんかったから」 「強いんだね」 「そんな事ないで。あん時、沖野は妖退治に学校来てたらしくて、たまたまうちの気配に気づいて。……柏木も一緒やったな、葉山さんにその時の記憶消されたんやった」 「忘却術を……破ったん? やっぱ亜樹ちゃんもすごいなぁ」 「たまたまやろ。でもあの時から、なんかうちの人生変わったな。沖野や柏木と絡むことが増えてから、友だちも増えたし、家族もできた。見えへんくなってた妖も、また見えるようになった」 「そっかぁ、僕と逆なんだね。亜樹ちゃんにとっては、妖は怖いものじゃなかったんだ」 「うん。むしろ人間よりも親しみを覚えるくらいやったけどな」 「すごいねぇ、つくづく。僕はまだ怖いよ。見えてるものが違うのかなぁ」 「一緒やろ。それに、こっちが堂々としてたら、あいつら別になんもして来ぉへんよ」 「……そうなん?」 「うん。妖は弱い心に隙を見つけて意地悪してくるからな。でも紺野さん、陰陽師なんやろ? 向こうがびびってるに決まってるわ」 「はは、そうかな。……亜樹ちゃんて、強くて優しい子だね。なんか喋ってて、年下とは思えないよ」  そういえば気づけばすっかり敬語を忘れていた。亜樹ははたと口元に触れて、ちろりと紺野を見あげた。紺野はにこにこしながら眼鏡に触れる。 「いいよ。敬語だと距離感じちゃうしさ。それに、なんか、こんなにゆっくりこういう話するの初めてかも」 「なんで? 宮内庁の人はみんなそういう経験してるんやろ?」 「みなさんとは、少し立場が違うんだよ。あの人達は、僕みたいに困っている子を見つける側……。未だに、保護された側って気持ちが抜け切らない僕とは、ゆっくり喋ってる間もないんだ。特に今は忙しいしね」 「ふうん」 「高遠さんは、色々とお世話になってるけど、全部仕事がらみだからね。こういう話、したことないんだ。それに高遠さんは陰陽師衆の血筋だし転生者だから、物心ついた頃から修行してたと思うし……色々、ちょっと違うんだよ」 「ふーん、色々あるんやなぁ」 「だね」  紺野は微笑んで、改めて正座をしなおした。 「さ、続きしよっか。また後でゆっくり話そう」 「あ、そうやった。うん、やろっか」  亜樹はあぐらをかいて、またじっと炎に集中し始めた。  紺野のことを少し知ってからの今のほうが、ずっと課題に集中できる気がした。亜樹にとっても、こんなことをゆっくり語り合える相手は初めてだ。  年上だが、ほっこりとした空気を持つ紺野のことを、亜樹は少し気に入った。    

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