321 / 533
18、紺野と亜樹
一方、感知方は結界班、治療班に別れての修行が行われていた。
亜樹は結界班に組み込まれているのだが、昨日のイメージトレーニングでの課題がまだこなせていないこともあり、紺野とともに体育館の隅で蝋燭と向き合っていた。
感知方は、攻方よりもずっとイメージを具現化する力が必要なのだという。敵を攻める技ではなく、味方を守るための技には、それなりの強度がどうしても求められるのだ。紺野は治療班に配置されているが、感知方では結界術は必須であり、それがまだすぐには形になりにくい紺野は、亜樹の目にも肩身が狭そうに見えた。
「はぁ! ちょっと休憩しようやぁ」
と、くたびれ果てた亜樹は脚を投げ出して息をついた。真剣に炎を見据えていた紺野も、はっとしたように顔を上げる。
「あ……そうですね」
「ずっと根詰めててもあかんと思うねんな。ああ、肩こった」
「はい……疲れましたね」
紺野は正座を崩すことなく、くいくいと首を回している。亜樹はこの生真面目な年上の青年を見上げて、尋ねた。
「いつ、この力があるって分かったん?」
「……中学二年生の頃です。急にね、怖いものに襲われるようになったんです」
「ええ?」
「きっかけは祖母が死んだ時だと思うんです。そのお通夜の晩から、急に小さな妖が見えるようになったの。棺を開けようとしたり、蝋燭の火を消そうとしたりするような、悪戯をするだけの妖だけど。大好きなおばあちゃんにそんなことをする妖を見て、怖かったけど腹が立ったんです」
「ホラーやな……」
「でね、僕はその妖に声をかけてしまったんです。それ以降、僕は何かにつけ、彼らに悪戯されたり、いじめられたり……。それを嫌がってる姿を人に見られたくなくて……だって変ですよね、見えないものに向かって喚いているなんて、病気にしか見えないもの」
「確かに。……誰に見つけてもらったん?」
「あぁ、僕は……あそこにいるでしょう、結界班の成田さん」
紺野の指差す方には、結界班のまとめ役のようになって指示を飛ばしている、成田久典の姿があった。
結界班は今、全員の力量を揃えて作るという、巨大な結界術を空中で成している最中だった。葉山も更科も、背中に汗を流しながら必死で手を掲げ、そこに力を注ぎ込んでいる。
「安心した。自分が変じゃないんだって、やっと認めてくれる人が現れて。……あの珠生くんて子も、そうだったんでしょ?」
「え」
珠生の名が出て、亜樹はどきりとした。
「分かるよ、あの妖力の大きさ。やっぱりあの子も只者じゃないって分かる。霊気で抑えてるから、パッと見は分からないけど……あの子が本気になれば、僕たちは束になっても敵わないと思う」
「そんなん買いかぶり過ぎやろ。あいつ普段はただの女々しいエノキやもん」
「エノキって……あははは」
紺野は思わず吹き出した。亜樹は、初めて見た紺野の笑顔に、思わずつられて笑った。
「仲いいんだね。おんなじ学校だっけ?」
「別に仲良くはないけど。高二の時、うち、虐められてて掃除用具入れに閉じ込められてた所を、沖野に見つけてもらってん」
「ええ、いじめって……」
「ああ、ええねん。もう慣れてたし。うちはそんな事、全然気にならへんかったから」
「強いんだね」
「そんな事ないで。あん時、沖野は妖退治に学校来てたらしくて、たまたまうちの気配に気づいて。……柏木も一緒やったな、葉山さんにその時の記憶消されたんやった」
「忘却術を……破ったん? やっぱ亜樹ちゃんもすごいなぁ」
「たまたまやろ。でもあの時から、なんかうちの人生変わったな。沖野や柏木と絡むことが増えてから、友だちも増えたし、家族もできた。見えへんくなってた妖も、また見えるようになった」
「そっかぁ、僕と逆なんだね。亜樹ちゃんにとっては、妖は怖いものじゃなかったんだ」
「うん。むしろ人間よりも親しみを覚えるくらいやったけどな」
「すごいねぇ、つくづく。僕はまだ怖いよ。見えてるものが違うのかなぁ」
「一緒やろ。それに、こっちが堂々としてたら、あいつら別になんもして来ぉへんよ」
「……そうなん?」
「うん。妖は弱い心に隙を見つけて意地悪してくるからな。でも紺野さん、陰陽師なんやろ? 向こうがびびってるに決まってるわ」
「はは、そうかな。……亜樹ちゃんて、強くて優しい子だね。なんか喋ってて、年下とは思えないよ」
そういえば気づけばすっかり敬語を忘れていた。亜樹ははたと口元に触れて、ちろりと紺野を見あげた。紺野はにこにこしながら眼鏡に触れる。
「いいよ。敬語だと距離感じちゃうしさ。それに、なんか、こんなにゆっくりこういう話するの初めてかも」
「なんで? 宮内庁の人はみんなそういう経験してるんやろ?」
「みなさんとは、少し立場が違うんだよ。あの人達は、僕みたいに困っている子を見つける側……。未だに、保護された側って気持ちが抜け切らない僕とは、ゆっくり喋ってる間もないんだ。特に今は忙しいしね」
「ふうん」
「高遠さんは、色々とお世話になってるけど、全部仕事がらみだからね。こういう話、したことないんだ。それに高遠さんは陰陽師衆の血筋だし転生者だから、物心ついた頃から修行してたと思うし……色々、ちょっと違うんだよ」
「ふーん、色々あるんやなぁ」
「だね」
紺野は微笑んで、改めて正座をしなおした。
「さ、続きしよっか。また後でゆっくり話そう」
「あ、そうやった。うん、やろっか」
亜樹はあぐらをかいて、またじっと炎に集中し始めた。
紺野のことを少し知ってからの今のほうが、ずっと課題に集中できる気がした。亜樹にとっても、こんなことをゆっくり語り合える相手は初めてだ。
年上だが、ほっこりとした空気を持つ紺野のことを、亜樹は少し気に入った。
ともだちにシェアしよう!