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22、砂浜にて

 葉山は尻込みしていた。  別に太っているわけでもなければ、とりたてて貧乳というわけでもなく、身体は鍛えているから線も崩れてはいないと自分でも思う。  しかし、実に数年ぶり……二十代前半に数回しか着る機会のなかった水着を、何でこの年になって、何でこんなにも職員が大勢いるところで着なければならないのかと考えると、やはりやめておこうという気持ちになる。  しかし……。 「葉山さぁん、着替えた?」  莉央のるんるんな声がして、がちゃりとバスルームの扉が開かれる。葉山はぎょっとして、鏡越しに莉央を見た。  女の自分から見ても、莉央の身体は素晴らしいと思う。豊満な胸、きゅっとくびれた細い腰、豊かなヒップながら、ほっそりとした長い脚……。それに比べてしまうと、自分の日本人らしい体型が嫌になる。 「あら、素敵じゃないの! 早くビーチに行きましょ。久々に焼くぞー!」  陰陽師衆を率いるものとは思えないあっけらかんとした笑顔で、莉央はぐいぐいと葉山を引っ張るのだ。 「ちょ、ちょっと待ってよ! やっぱり、私……」 「なぁに照れてんのよ。素敵じゃない! すっごくきれいだわ」 「あんたに言われても嬉しくないわよ」 と、葉山は白地に鮮やかなハイビスカスの描かれたビキニを身に着けている莉央の身体を眺め回す。 「ほんっとスタイルいいわよね、あんた」 「葉山さんだって、スレンダーだけど出てるとこ出てんだもん、素敵よ」 「なにそれ、全体的にのっぺりしてるって言いたいの?」 「もう、難しいわね、三十路女は」  葉山は濃いグリーン地に白や黄色の花の描かれたビキニだが、さすがに下はショートパンツを上に履いている。本当は上にもパーカーを羽織りたいところなのだが、莉央が何故かそれを許さない。 「ほら、亜樹ちゃんだって潔く水着よ」  バスルームから部屋へ引っ張り戻された葉山は、ベッドの上で服を畳んでいる亜樹を見てちょっと目を瞠った。  亜樹はスポーティなストライプ柄のチューブトップ型の真っ赤なビキニを着ているが、それがほっそりとした身体によく映えて、非常に似合っているのだ。葉山と同様、下はセットでついていたのか、デニムっぽい色をしたミニスカートを履いている。  無駄のない伸びやかな身体のラインは、普段ジャージや巫女衣装に隠してしまうにはもったいないほどに綺麗だ。葉山はまじまじと亜樹を見つめて、目を瞬く。 「わぁ、葉山さんかわいい!! そんな格好するとか、めっちゃ貴重や」 と、亜樹も葉山と同じような反応を示す。 「今、おんなじようなこと考えてたとこ。亜樹ちゃん、可愛いわ」 「あ、どうも……ほんまは上も羽織りたいねんけど……」 「ダメよ、若い女が肌をこういう時に出さないで、いつ出すの!」 と、莉央はにべもない。  +  珠生と湊、そして彰は、三人砂浜に並んで海を眺めていた。遠くの方で、深春と舜平が競い合って沖まで泳いでいる様子が見える。波打ち際では、芹那や菜実樹、そして敦らがこれからシュノーケリングをしようとしているらしく、ゴーグルを調整したりしている様子も見える。また、点々と並んでいるパラソルの下で、中年組の職員が寝そべっていたりと平和だ。  のんびりとした空気が流れるプライベートビーチで、珠生たちものんびりと脚を投げ出して過ごしているのだ。湊は砂の上に敷いたレジャーシートの上でうつ伏せになって本を読んでおり、すでに半分寝掛かっている。珠生と彰もレジャーシートの上に腰を下ろし、膝から下を太陽に焼かれていた。 「平和だなぁ」 と、彰が呟く。 「そうだね」 と、珠生。 「こうしていると、今まで自分たちが一体何と戦っていたのか、忘れちゃうよ」 と、珍しく彰がそんな事を言った。 「先輩も疲れてるんだよ。たまにはのんびりしなきゃ」 「そうだなぁ、疲れてんのかなぁ」  彰はごろりと横になって肘枕をすると、珠生を見上げる。  珠生は素肌の上に薄手のパーカーを羽織っているが、そこから覗く白い胸筋や腹筋を覆う肌は、明るいところで間近で見ていてもとても美しかった。肌理が細く、艶のある肌だ。珠生は髪の毛も茶色いせいか肌の産毛も色がなく、まるで手入れされた女の肌のようになめらかだ。 「君は肌が綺麗だな」 「……それ、俺より葉山さんに言えばいいのに」 「あ、そっか……もうバレてるんだっけ」 「うん、とっくに」  微笑んだ珠生を見上げて、彰もふわりと笑った。 「大丈夫、毎日言ってるよ」 「おお、さすが」 「……さすがや」 と、眠りながらも話を聞いていたらしい湊が、くぐもった声で同意する。 「湊も戸部さんと海行ったりした?」 と、珠生は何となく尋ねた。湊はごろんと仰向けになって寝転びながら、眼鏡を外したまま珠生を見上げる。 「海はないなぁ。これからやな」 「そうだね、これから夏だ」 と、彰。彰も部活が一緒だった戸部百合子のことはよく知っているのだ。 「花火も四人でいったしさ、また海も一緒に行かへん?」 と、湊。 「花火? 誰と?」 と、彰が興味を示して目を輝かせる。 「あの……天道さんと四人で行ったんです」 と、珠生。 「そうなんだ。へぇ、なんだかんだで君たち、いつも一緒にいるんだな」 「お前ら、クリスマスもデートしたらしいやん」 と、湊が言うと、彰はにやにやしながら珠生を見上げた。 「楽しかった?」 「デートじゃないし。まぁ、楽しかったけど」 「舜平とは、あれからどうなの?」 「どう……って。うーん、特に変わらないというか、元に戻ったというか……」 「そっかそっか、それは何よりだ」 と、彰と湊は顔を見合わせて微笑んだ。  あの時、二人にはえらく心配をかけてしまったことを思い出し、珠生は申し訳ない気持ちになった。 「舜平も元気そうな顔はしてるけど、内心はすごく歯がゆい思いをしてるだろうな。珠生との関係が丸く収まったのは、僕にとってもいいニュースだよ」 「うん……あの時は心配かけて、ごめんね」 「かまわないさ。一番つらかったのは君たちだったろうし」 「うん……」  遠浅の海ではしゃぐ深春と、深春の兄のように彼の面倒を見ている舜平を遠くに見つめながら、珠生はひとつため息をついた。 「……舜平さん、今でもたまに、すごくつらそうな顔するんだ。無理して笑ってる時があるなって、感じる」 「二人でおるときか?」 と、湊。 「うん……。俺は……たとえ霊力がなくても、舜平さんへの気持ちは変わらないよ。……でも、舜平さんの気持ちも分からなくはないから、見て見ぬ振りしてるんだ。けど……もっと、きちんと話を聞いてみた方がいいのかなと思ったりもするっていうか……」  珠生はそう言って、立てた膝に顎を乗せた。彰は起き上がり、そんな珠生の肩を抱く。 「珠生は優しいね」 「……そうかな」 「色々と思うところはあるだろうけど、珠生がそうして迷うなら、そっとしておくのもいいかもしれない。舜平にも、プライドがあるだろうし」 「……うん、そうだね」 「君が態度を変えないことで、舜平が救われている部分も多いと思うよ。珠生はそのままでいいんだよ」 「うん……ありがとう」  彰に抱き寄せられていると、心が落ち着いてくる。  舜平に甘え、舜平を求めることで二人の関係を保たせようとしているけれど、果たしてそれは正しいやり方なのかと迷っているのであった。  しかし、舜平が不安なように、珠生もまた不安なのだ。ふたりで過ごし、肌を寄せ合っていると、その不安がいっときでも和らぐことも事実だ。  水無瀬菊江を破ったところで、舜平の力が戻るのか……。それは誰にも分からないことだ。 「不安なんだね、珠生」 「えっ。顔に出てた?」 「ばればれ。大丈夫、僕らもいる。……きっと、舜平の力は戻る」 「……うん」  うっすら涙を浮かべる珠生を見て、彰は眉を下げた。そして「泣きそうな珠生もかわいいな! 泣くなら僕の胸で泣くといいよ、今夜は一緒に寝ようか!」と、ぎゅうっと珠生を抱きしめてきた。  それが彰なりの励まし方だと、気遣いが伝わってくる。珠生は笑ってる涙を振り払い、「大丈夫だよ、苦しいよ」と彰を宥めた。  気づけば敦たちも、舜平らのいる沖のほうでぷかぷかと泳いでいる。ビーチマットで浮かんでいる南波が、何やら大声で笑っている。

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