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23、水着姿で
「あら、佐為の脚かしら、これは」
パラソルの背後から声がして、ざ、と美しく引き締まった白い脚が現れた。
颯爽と現れた莉央が、惜しげもなく見事なビキニ姿を晒して仁王立ちしているのである。と言っても、ただ立っているだけなのだが、その日本人離れした見事すぎるプロポーションは迫力があるため、ついそんな風に見えるのだ。
「ああ、常盤さん。……と、葉山さん……」
くるりと顔だけ莉央に向けかけた彰の目が、葉山の姿を捉えた。
葉山は照れくさそうな仏頂面をして、そこに立っていた。
すらりとショートパンツから伸びる脚、ゆるやかにくびれた腰のラインは流れるような美しいラインだ。莉央と並ぶといささか控えめに見える胸を隠すように腕組みをする葉山の立ち姿を、彰は物珍しげに、目をきらきらさせながら見上げている。そんな彰を見て、葉山はぶすっとして言った。
「何よ。何見てんのよ」
「……わぁ、水着だ」
「見りゃ分かんでしょうよ。ああ、やっぱり羽織ものがほしい」
「何いってんの、隠す必要なんかどこにもないじゃないの」
と言って、莉央は手際よく浜辺に柔らかそうな布を敷いたり、パラソルを設置したりしている。
「その通りですよ。葉山さん、すごくきれいだよ」
彰はにこにこ嬉しそうな顔をして、舐め回すように葉山を見つめている。すると葉山は、ささっと莉央の陰にかくれてしまう。
「何で隠れるんだよ。いいじゃないか別に、照れなくても」
と、彰が起き上がって首を伸ばすと、葉山はさらに莉央を盾にして死角に逃げた。
「ちょっと、私を壁扱いしないで」
と、莉央。
「そういう、物珍しそうな目付きが嫌なのよ!」
「だって実際物珍しいし……っていうか、すごくきれいだから、見惚れてるだけじゃないか」
「い、いやらしいのよ目つきが!!」
「そんな事言われても……」
二人のやり取りを聞いていた珠生と湊、そして莉央は思わず笑い出した。
「仲いいわねぇ。もういいじゃないの、潔くショートパンツも脱ぎなさいよ。上官命令よ」
「拒否するわ。パワハラで訴えるわよ」
「ケチだなぁ、出し惜しみしてさぁ」
と、彰も文句を言う。
「お黙りなさい」
ぴしりと葉山に一括されて、彰は肩をすくめて笑った。言い合いをする二人の間で、莉央はうーんと唸って伸びをしながら、ごろりと横になった。
「あぁ、いい気持ち。やっぱり海は最高ね」
「常盤さんは泳がないんですか」
と、湊。
「そうねぇ、どうしよっかなぁ。ま、とりあえずしばらくのんびりするわ。亜樹ちゃん遅いわね」
「どこ行ったの?」
と、珠生はあたりを見回す。
「タオル忘れたって、取りに帰ったのよ。もうすぐ来るんじゃないかしら」
と、話していると、ちょうど亜樹がホテルからこちらに歩いて来る姿が見えた。
砂浜を軽やに進む歩調はとても軽やかで小気味良く、パッと彩鮮やかな水着と、伸びやかな手足が皆の目を引く。
前髪を上げて耳を出している今日の亜樹は、細い首や肩が目立つ。健康的に日焼けをしている亜樹の肌は、珠生のものよりも淡い小麦色だ。羽織ったタオルの下に隠れている胸元や、その下にあるぺったんこの腹、そして思い切りの良いミニスカートから伸びる脚も、とてもしなやかで若々しい。
自然と全員の目線を集める格好になっていたことに気づいた亜樹は、不審者を見る目つきでそこにいる全員を睨むと、ささっと両腕で胸元を隠した。
「……な、なに!? 何なん? みんなして」
「いや別に……」
と、珠生と湊が同時にそう言って、海の方を向く。
「はぁ〜〜、むっちゃ気持ちええなぁ〜」
と、海風を浴びた亜樹がはしゃいでいる。素足で砂を蹴りながら歩いている亜樹を見て、珠生はふと微笑んだ。
「砂、めっちゃさらさらやぁ。海も青いし、めっちゃきれい」
珍しくテンションが上がっているらしい亜樹は、たたっと波打ち際の方へと走りだした。ひらりと亜樹の肩からタオルが落ちて、白い砂浜の上にぱさりと落ちる。
青と白のストライプのタオルが、鮮やかに砂の上に色を付けた。そして、その向こうへ駆けていく亜樹の身体は、とても自由で躍動感があった。
そこへ、海から上がってきた舜平と深春が、水を滴らせながらやって来た。深春は水着姿の莉央を見て目を輝かせると、「おお! すげぇ!」と鼻の穴をふくらまていせる。健全な男子高校生らしい反応に、莉央は思わず笑い出した。
「あんたも素直な子ね」
「男子高校生の教育上、その格好は良うないんちゃうか」
と、舜平が腕組みをして立っているのを見上げて、莉央は一瞬目を見張った。
濡れた髪をかき上げて額を出している舜平の顔が、初めて陰陽師衆にやって来た頃の舜海の姿とタブって見えたのだ。
今思い返せば、あれは完全に一目惚れだった。
舜海は都男らしからぬ、粗野で無骨な雰囲気を漂わせる男であったが、よくよく見ると精悍に整った顔立ちをしていた。そんな舜海に、詠子は一瞬で恋に落ちていた。
強い眼差しにも、隙のない表情にも、強い決意が満ちていた。舜海のまわりだけがぎらぎらと輝いて見えたものだ。
今ここにいる舜平は、舜海でった頃よりもずっと洗練された雰囲気を持つ男だ。しかし、身にまとう魂の色のようなものは今も、あの頃とまるで変わらないように見える。たとえ、霊力を失っていようとも。
腹の傷を気にしてか、今日の舜平は上半身にフィットした黒い半袖のラッシュガードを着用している。それでも、たくましく引き締まった身体のラインは隠しようがなく、髪の毛から海水を滴らせている舜平の姿は、とてもセクシーだ。
「……な、なんですか?」
怪訝な表情で莉央を見おろす舜平の声にはっとする。莉央は気を取り直すように咳払いをすると、カゴバッグから日焼け止めクリームを取り出して深春に渡した。彰の足元にいた深春は、きょとんとしてそれを見下ろしていた。
「え? いいんすか?」
「ええ、背中に塗って」
「は、はい喜んで!!」
うつ伏せている莉央の横に跳んでいくと、深春は喜び勇んでクリームを塗り始めた。葉山が隣で呆れている。
舜平は珠生の隣に座ると、タオルで軽く身体を拭った。
「お前は泳がへんの?」
「え? あ、うん、泳いでみようかなぁ」
「めっちゃ気持ちええよ。怖いなら一緒に行ったろか?」
「は、はぁ!? 怖くないし。ちょっと休憩してただけだし」
「ははっ、そうか」
すっくと立ち上がり、珠生は濃紺のラッシュガードパーカーのジッパーを上げた。五月とはいえ、沖縄の日差しは真夏並みの強さであるため、長時間素肌を晒すのには適さない環境だ。
それに、舜平の前で上半身裸になることが、珠生としては何となく気恥ずかしいのである。
眩しい陽射しの下で濡れた髪を搔き上げる舜平を見ていると、胸がときめいて落ち着かない。皆がいる真昼間のビーチだというのに、興奮してしまいそうになる自分をごまかしながら、珠生は湊を海に誘った。
「湊も行こうよ」
「しゃーないなぁ」
「俺も一休みしたら行くわ。お前が溺れたら、助けたらなあかんしな」
「別に来なくていいし。溺れないし」
珠生はつんとして、湊とともに波打ち際で水と戯れる亜樹の方へ行ってしまった。
そこに残った全員がうつ伏せで寝そべりながら、黒地に鮮やかな空色のラインの入ったスポーティな海水パンツ姿の珠生と、無地の深緑色の海水パンツ姿の湊を見送った。そしてふと、莉央は溜息をつく。
「おとなしくなっちゃって、らしくないわね」
「そう? 珠生は優しいんだよ、根っからね」
と、彰。
「分かるわよ、それくらい。ああも変わってしまうと気が抜けるわ。……さておき、あの子をどう使っていこうかしらね……」
「常盤さん、今は仕事の話はなしだよ」
「あ、そうね。ごめんなさい」
「せやせや、そんな話やめとけと。海めっちゃきれいやで。お前らも行ってこいよ」
と、少し離れた場所で伸びをしながら、舜平は彰にそう言った。
「うん、そうだな。せっかくだしね」
彰は笑って立ち上がると、準備運動をしながら波打ち際の方へと歩いて行く。無駄なく引き締まった彰の背中を、葉山は改めて惚れ惚れする思いで眺めていた。高校生の頃よりも、身体つきがまた少し男らしくなっていることに気づく。
そう言えば、初めて彰に抱かれたクリスマスの日……あれはまだ彼が高校二年生の頃だった。よくよく考えれば、公序良俗的にはよろしくない話である。
おお怖い、と思いながら葉山は立ち上がり、自分もその背中を追って波打ち際へと歩いて行く。さらりとした熱い砂の感触が新鮮だ。一足ごとに軽く沈む砂地に包まれると、普段ヒールばかり履いている足がどこか生き返るような気がした。
「莉央さん、この紐、ほどいていいんすかぁ?」
皆が海へ行ってしまい、さて舜平も合流するかと立ち上がった時、深春はでれでれしながら莉央のブラの紐をほどこうとしていた。莉央はすでに気持ちよさそうに目を閉じて「ど〜ぞど〜ぞ〜〜」と、深春の好きにさせている。舜平は深春を見て、やれやれと首を振った。
「その歳でエロオヤジやな。先が思いやられるわ」
と、舜平はため息をついた。
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