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26、大将を狙え

 観察を命じられた舜平、湊、亜樹は、ウッドデッキに並んでその戦闘場面を見守っていた。  人払い結界がなければ、この凄まじい爆音や、抉れた砂浜、白煙を上げて燃え上がる術式の残滓で、とっくに消防車がすっ飛んできていることであろう。三方向で一人ずつ、結界班の職員がしっかりと結界を張っているため、ホテルにもその騒音は届いていない様子だった。 「……すごい、あれ、ほんまに沖野なん……?」  珠生が動いている様子をきちんと見守るのは初めてであった亜樹は、ただただその超人的な動きに唖然とするばかりであった。  皆が珠生を最強と謳うのは、このせいだったのかと今更ながらに納得させられる。  木刀を握りしめ、軽やかに舞うように敵をなぎ倒していく珠生の姿は、もはや人ではなく妖に近い動きだと思った。半妖だった千珠の力を全てその身によみがえらせるような珠生の動きを、亜樹は必死で目で追った。 「あいつ、また前より強くなってへん?」 と、のんびりした口調で湊が言う。 「せやな、十六夜の時よりずっと、動きが千珠に近づいてる。霧島の時は鳳凛丸が乗り移ってたってのもあったけど、今日はほんまに珠生一人の力やもんな」 と、舜平は冷静な声でそう言った。 「千珠は……もっともっと強かったってこと?」 と、亜樹は舜平を見上げて尋ねた。 「あぁ、強かったで。まぁ、あの頃は戦やったからな。殺すか殺されるかっていうぎりぎりの世界やった。今は本気出せ言うても皆身内やし、あれでも六分くらいの力やと思うで」 「あれで六分?」 と、亜樹は目を丸くする。 「莉央さんの術とめたんはすごかったな」 と、湊。 「あの一瞬だけは、本気の本気やったと思うわ。やないと死んでるって、あんなん食らったら。大人げない人やな」 と、舜平は渋い顔をする。 「それに深春も、かなりやな。夜顔のガキの頃の暴れ方と、藤之助に鍛えられてからの戦い方……両方うまく使ってる感じがするわ」 「舜兄って、何でも知ってんねんな」 と、亜樹がそれにも目を丸くする。 「……まぁ、そうやな。俺は千珠と動くことが多かったから」 「へぇ」 「噂をすれば、見てみ。深春対先輩や」 と、湊が楽しげに声を上げる。亜樹と舜平もそちらを見やると、彰と向き合う、深春の背中が見える。 「大将が先輩?」 と、亜樹。 「そうやで、あいつも襷してるやろ。どっちが勝つかな」 と、舜平。 「うわ、深春は拳で結界破れんねんな。あれじゃ、防御できひんやん」 と、湊が腕組みをしてそう言った。 「深春は何でも力技やからな。よっぽど強い結界じゃないと……ほれ、佐久間さんと赤松さんの二人がかりの結界術、錐行やったら保ってる」  ナトリウムの巨大な結晶のように見える結界術・錐行には、深春が何度斬りかかってもびくともしていない。その中で、悠然と腕組みをしている彰を見て、深春がさらに遮二無二なっている様子が見て取れる。  深春は剣を捨て、今度は拳でそこへ殴り掛かっている。青黒い妖気を漂わせながら攻撃を続ける深春の姿に、完全に気圧されている佐久間の顔と、忌々しげに顔を歪める赤松の表情が見えた。  す、と彰が腕を解く。  跪いて自分を守る二人に何か告げたかと思うと、彰は素早く印を結んで詠唱した。 「縛道雷牢! 急急如律令!!」  彰の結界術発動の直後、赤松たちも印を組み変えて詠唱した。 「結界術、黒鉄!! 急急如律令!!」 「黒城牢! 急急如律令!!」  地中から生える金色の檻、更にその上に黒いシールドを張るように出現した結界術、そしてそれを上から覆うように、天から黒い檻が降ってくる。  深春を三重に捕らえた術式の仕上げに、金色の巨大な南京錠と黒鉄色の強固な南京錠が、がちゃん、がちゃんと連続して施錠される音が響いた。 「うわ、深春捕まってもた」 と、亜樹。 「そらそうやろうな」 と、舜平。 「珠生は?深春が捕まった途端、姿が見えへんくなってんけど」 と、湊がきょろきょろとあたりを見回す。 「あ!!」  亜樹が指さした方向には、彰と珠生の姿があった。  なんと、珠生は彰の背後にいるのである。彰の背に切っ先を突きつけて、珠生は悠然と立っていた。  ぴたりと、全員の動きが止まる様子は、まるで大画面の静止画を見ているように異様だった。    +   「……深春は囮か」 「そうです。この機会を待ってました」  彰は両手を挙げると、降参のポーズを取った。やれやれと首を振りながら笑うと、彰はゆっくりと珠生を振り返る。 「君に殺されるのはこれで二度めだな」 「そうですね。……この勝負は、引き分けかな」  そう言って、珠生は木刀を収める。自分に向き直った彰を見上げて、珠生は勝気に笑ってみせた。 「……いや、俺らの勝ち、かも?」 「え?」 「うぅうう……!!」  深春の唸り声が、二人の背後から聞こえる。  強固な檻をぎゅうっと握りしめ、深春はうつむいて力を込めているように見える。ひときわ大きく青黒い妖気が燃え上がり、深春の瞳孔が金色に染まった。そして、瞳孔が縦に裂ける。 「っらあああああ!!!」  深春が吼えると同時に、じゅわぁっと握りしめていた檻の格子が蒸発する。深春はその勢いに任せて両手を広げて檻を破ると、ざ、と砂浜に一歩脚を踏み出した。  ざ、ざ、と深春の足音だけがその場に異様に響いて聞こえる。  彰も少しばかり驚いた様子で目を見張り、深春をじっと見つめていた。 「……脱出成功」  そう言って顔を上げた深春は、にっと得意げに笑った。珠生は深春にも笑みを見せると、また彰を見上げる。 「俺達の勝ちだ」 「……やれやれ、参った。本当に強いな、君たちは」  彰が白い襷を外して珠生に手渡すと、あぁ……と残念そうな声があちこちから沸き上がる。脱力して座り込む者も多く、珠生は苦笑しながら白い砂浜に散らばって座り込む陰陽師衆を眺めた。 「……なんか、ごめんなさい。勝っちゃって」  珠生が眉を下げてそう言うと、ぐったりと疲れてあぐらをかいている赤松がぷりぷりと怒り口調になりながらこう言う。 「なんや腹立つ言い方やな! 勝ったんやから偉そうにしとけ。わははは、この世界は俺達のもんだ! とか言うたらええやん!」 「ゲームじゃあるまいし」 と、隣でへたり込んでいる佐久間が苦笑いを浮かべる。 「そういうノリのほうが良かったですか。じゃあ午後は……そんな感じで」 と、珠生が笑うと、赤松はまた鼻を鳴らす。 「午後も勝つ気でいんのか! あかんで、午後は俺らが勝つ! さすればこの世の平和は保たれるんや!」 「だからドラクエじゃないんだから」 と、佐久間がまた赤松をたしなめる。 「それなら、しっかり攻略法を話し合うとするか」 と、彰がぽんと珠生と深春の肩を抱いて楽しげに笑った。

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