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28、舜平の剣

 そして、午後。 「おっらぁああ!!」  舜平の斬撃は、思った以上に重たかった。珠生は宝刀でそれを受けながら、ぎゅっと歯を食いしばる。  青葉で剣術指南をしていたこともあり、二人はたまに道場で打ち合う事もあったが、それはことごとく千珠の勝利に終わり、悔しがる舜海を見て千珠はふふんと勝ち誇ったように笑っていた。しつこく食いさがってくる舜海に辟易しながらも、その耐えることのない集中力と、時間が経つに連れて上がってくる攻撃力、そして的確な先読みが面白く、千珠はぞくぞくしながらその剣を受けていたものだった。  舜平にも、その力が備わっている。  午前中よりも厚みを増した結界術を切り裂くことに手間取っていると、背後から舜平が飛びかかってきたのだ。ぎらりとした猛々しい目付きに珠生は舜海のことを思い出し、思わずぞくりと興奮してしまった。  舜平が携えていたのは、柄に呪符をぐるぐると巻いた日本刀だった。刀身にも術式を書かれた特別仕様であり、技術部がこの機会に是非試そうと舜平に渡したものだった。  木刀に比べて強度も数段上、さらにそれなりの強い術式を操ることのできる舜平にとって、その日本刀はまるで数十年を共にした愛刀のような馴染みを感じられる一振りだった。ぎりぎりと拮抗する力で押し合う二人の視線が、刀身ごしにぶつかり合う。 「おい、さっきの元気はどこへ行ったんや!? さっさと俺を倒してみろ!」  がきぃっ! と鋭い音がして弾き合い、二人は間合いをとって離れた。舜平は唇に笑みを乗せて、誘うように珠生を睨みつけてくる。 「……やるじゃん。じゃあもっと、本気で行くよ」 「最初から本気で来いや! 舐めてると怪我するで!!」  そう言いつつ鋭い突きを繰り出してくる舜平の刃をひらりとよけると、珠生は宝刀の柄で舜平の脇腹を狙い打った。舜平は咄嗟に肘を下げてそこを庇うと、今度は長い脚で珠生の胴を思い切り蹴り飛ばす。 「ぐっ……ぅ!」  真剣の刃に気を取られていた珠生は、それをもろに食らって波打ち際まで飛ばされる。なんとか空中で体勢を整えると、手をついて着地した。  ざ……と波が珠生の脚を濡らす。ひやりと冷たい感覚に、珠生はちらりと足下を見た。 「結界術・氷晶牢!! 急急如律令!」  びきびき……と珠生の脚を捕らえたまま水が凍りついていく。はっとした珠生が顔を上げると、舜平の背後で印を結んでいる高遠が見えた。  かつて海神を抑える時に使用した、懐かしい技だ。びくともしないその強固な術は、みるみる珠生の下半身を覆うように凍りついていく。 「くそっ……!」 「冷たいだろ?どんどん足が痺れていくよ」 と、高遠はいつもの穏やかな笑みでそう言った。それが逆に不気味である。 「さて、襷をもらおうか。動けないんじゃ戦えないだろ?」  ざ、ざと砂を踏みしめて歩み寄ってくる高遠を、珠生はじっと見上げていた。舜平が納刀するのを見て、また少し悔しげに唇を噛む。 「くっそ、こんなもん、割ってやる」  珠生は、足下を覆う厚い氷に宝刀を突き立てようとした。しかし、その腕はぬるりと現れた金色の鎖によって雁字搦めにされてしまう。 「千年鎖! 急急如律令!!」  芹那がはぁはぁと荒い息をしながらその術式を行なっている。先ほど珠生に押し切られて倒された芹那は、すでに体力の限界を迎えているようにも見えた。 「ここまでするんですね」 と、身体の自由をすっかり奪われてしまった珠生は、じろりと高遠を見上げる。高遠は笑った。 「二度は負けられないよ。こちらにもプライドというものがあるからね」 「でもまだ、俺の負けとは決まってません」 「え?」  ぶわ、と珠生の身体から青白い炎が逆巻く。高遠ははっとして、背後に並んだ結界班の者たちに命じる。 「妖力を封じる術を! 鎮霊の術式を!」 「はい!!」 「遅い!!」  珠生の目が、琥珀色に染まり瞳孔が縦に裂けた。その目を見て、高遠の表情が固くなる。  じゅうう……と分厚い氷が汗をかきはじめた。珠生はさらに力を込めて、縛られていた腕を振り下ろす。 「ぉおおお……!!」 「いかん、逃げられるぞ!」 「術式がききません!」 と、佐久間と紺野が悲鳴を上げる。 「縛道雷牢!! 急急如律令!」  暴れる珠生の頭上から降って着た金色の牢が、分厚い氷を砕いてゆく。がちゃん、と巨大な南京錠が施錠され、珠生は術者を忌々しげに見つめた。  莉央だった。  ひっつめていた髪の毛は乱れているが、それが更に莉央の色気を増している。強い瞳で自分を睨みつける莉央に、珠生はにやりと笑ってみせた。 「さすが元ご夫婦。完璧なフォーメーションですね」 「うっさいわね。高遠、さっさと襷を剥いで」 「よし」  氷が溶けてしまった海に、ざぶざぶと高遠が入っていく。珠生はちらりと高遠の背後に目線をやった。それに気づいた高遠は、ちらりと背後を見る。  そこに、鋭く破魔矢が降ってきたのだ。 「うわ!」  ざぶん、とまっすぐ波間に飲み込まれる破魔矢に、珠生はまたにやりと笑った。どす、どす、と立て続けに破魔矢が金色の格子に突き立ち、そこからがらがらと牢が瓦解していく。 「あ!! 湊、てめぇ!」  舜平達の遥か後方に、矢をつがえて立つ湊がいた。舜平はもう一度抜刀して、湊の方へと駆けて行く。  湊はふふんと鼻で笑うと、すっと素早い動きで陰陽師衆に紛れて消えた。今回、湊は珠生達とともに敵役としてこの訓練に参加していたのだ。  檻が、じゅうう……と消えてゆく。霊力の残滓の熱が、海水と反応して白煙が上がる。珠生は煙に紛れて身を低くすると、高遠に足払いをかけてさっさとそこから逃げ出した。  また姿を消した珠生に、莉央は唇を噛んで体勢を立て直す。  しかしすでに、舜平は珠生の位置を把握し、迷わずその背後から斬りつけた。 「見えてんで! 珠生!」 「うわ!」  くるりと向き直って舜平の剣を受け止めると、珠生はち、と舌打ちをする。舜平の斬撃を避けてひらりとその頭上を飛ぶと、珠生は舜平の背後に回って再び攻撃する。首だけで振り向いた舜平は、咄嗟に背後に刀を回してその剣を受ける。かなりの素早い反応に、珠生はまたニヤリと笑った。 「やるじゃん」 「昔から上から目線やなぁ、お前は!」  渾身の力で振り下ろされた舜平の太刀を、珠生はひょいと後ろに一回転して避ける。ちょろちょろとよく動く珠生を、舜平は忌々しげに追いかけた。 「湊!」  珠生の声の直後、舜平は肩に衝撃を感じて思わずつんのめった。砂地についた手で、肩に触れると、そこには湊の放った破魔矢が突き立っている。 「くそ……どっから!?」  ひょいとすぐに立ち上がった舜平は、ぶち、と破魔矢を毟り取る。矢の先端は尖っているわけではなく、おもちゃの吸盤がついているだけだ。そのふざけたアイテムを見た舜平はこめかみに青筋を浮かべ、ぼっきりと矢を真っ二つに折って捨てた。 「なめやがって」  消えた珠生はすでに深春に加勢していて、彰を守る結界班達の群れに斬りかかっていた。矢を当てられた舜平は、もうその戦闘に加わることはできない。死んだ設定になっているからだ。 「くそ……、湊め」 「僕もあそこで珠生くんにやられたことになってる。あーあ、また負けだ」 と、高遠が舜平の傍らにやってきて苦笑いした。

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