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32、双子の再会

   十一時過ぎに伊丹空港に到着し、私服姿の職員たちがぞろぞろと到着ゲートからロビーへと出てきた。  数日ぶりに戻ってきた関西は、沖縄に比べて少しばかり肌寒いように感じた。やはり向こうは南国だったんだな、と珠生は改めて思ったりする。 「さて、私たちはこのまま京都までリムジンバスで帰るけど、あなたたちはどうする? 席に余裕はあるわよ」 と、莉央が若者を振り返ってそう尋ねた。 「墨田は車だっていうから、何人かそっちに乗って行くらしいけど」 「俺、大阪で用事あるから、このまま電車で帰りますわ」 と、湊がさっと手を上げてそう言った。 「なんや、デートか」 と、舜平。 「ちゃうわ。従兄弟がこっち来てるって言うから、遊んだらなあかんねん」 と、湊は大あくびしながらそう言った。 「俺も車やし、何なら何人か乗っけて帰ったんで」 と舜平が言うと、亜樹はさっと手を挙げて「うち、乗る!」と言った。 「珠生はどうする?」 「そうだなぁ、俺も乗せてもらおっかな」 「じゃあさぁ、俺の荷物だけ持って帰ってくんない? 俺も大阪で遊んで帰るから」 と、深春は大きなスポーツバッグを舜平に押し付けながらそう言った。 「お前は世渡り上手やな」 と、舜平が感心している。 「へへっ。だってあんまり来たことねぇしさ、ちょっとぶらついてみたいんだ」 と、深春は疲れた顔もせずに元気いっぱいである。  そういうわけで、若者たちは職員一同と別れて駐車場の方へと歩き始めた。後ろからは敦の車で帰る芹那、菜実樹、佐久間が付いてくる。 「あ、柚さんにおみやげ買うの忘れてた」  はたと亜樹は立ち止まり、舜平を見あげた。 「ほんまやなぁ、柚子さんには買いたいやろ。荷物、車に載せといたるから行ってきたら?」 「え、いいの? じゃあすぐ行ってくるね」 「珠生も、先生になんか買ってあげろよ。どうせまた何も言わんと留守にしてんねやろ?」 「ちゃんと言ったよ。大学の友だちと沖縄行くって」 「前日の夜に突然言って、びっくりさせたんやろ? ほれ、お前も行ってこい」 「……めんどくさいなぁ」 「どうせ車はすぐそこやから、ほら、鞄貸せ」  舜平は珠生と亜樹からバッグを受け取り、ひょいと担いですたすたと駐車場を横切っていった。亜樹はそんな舜平の逞しい後ろ姿をほれぼれと見つめながら、「あんたもあれくらいの気遣いできなあかんのちゃう?」と言う。 「五月蝿いなぁ。俺だってできるよ」 「ほんまかいな。酔っ払って柏木にベタベタ甘えてたくせに」 「……やっぱ見てたんだ」 「舜兄の目の前であんなんしとっていいわけ?」 「べ、別に大したことしてない…………よね? してなかったよね? 俺、大丈夫だったよね?」 「は? 知らん」 「えっ、なんだよそれ!」  ふらりと亜樹が離れて行ってしまったため、珠生はそれ以上何も言うことができず、むすっとして黙りこんた。珠生はロビーにあるお土産売り場をうろうろとしながら、沖縄に行ってきたのに伊丹で買うのも微妙だなと思いつつ、とりあえず菓子などを購入した。  連休半ばとはいえ、伊丹空港は人でごった返している。支払いを終えた亜樹は、ふと珠生の姿を見失って、きょろきょろとあたりを見回しながら歩いていた。  ふと、見慣れた茶色い髪の毛がちらりと見え、亜樹は人の隙間を縫ってそちらへと向かう。早足にすたすたと歩いて行く珠生の後ろ姿を追って、亜樹は手を伸ばし、その服の裾を掴んだ。 「沖野、どこ行くねん。そっちは……」  驚いたように振り向いたその顔は、珠生ではなかった。が、珠生の顔とよく似ている、瓜二つだ。亜樹はきょとんとして、さらりとした茶色い髪を肩のあたりまで伸ばしたその顔を見つめて、目を瞬かせる。  相手もきょとんとして亜樹を見つめているが、その瞳の色まで珠生とよく似ていた。 「天道さん。どこ行ってんだよ」  背後から珠生の声がする。振り返った亜樹は、またきょとんとした。土産物の袋を持った、紛れも無い本物の珠生がそこにいる。その珠生の目線が、ぴたりとその向こうの人物で止まる。 「……え、千秋?」 「え、嘘。珠生?」 「え?」  人ごみの中で、珠生と千秋は、久しぶりに顔を突き合わせたのだった。   +  伊丹空港で、本当に偶然ばったり出会った二人は、しばらくぽかんとしてお互いの顔を見ていた。先に我に返ったのは珠生で、亜樹を見て苦笑する。 「あの……これが双子の姉の、千秋」 「そうなんや。めちゃそっくりやな」 と、亜樹も珠生を見上げてそう言った。千秋は亜樹と珠生を見比べてから、ようやく気を取り直して挨拶をする。 「はじめまして沖野千秋です。ひょっとして……二人で旅行?」 「旅行じゃないよ、訓練だ。舜平さんもいるよ」 「え!? 嘘、会いたいな。訓練てことは、そっちがらみか」 「そういうこと」  千秋は得たりという顔をしてうなずき、また亜樹を見た。美しい瞳にじろじろと観察され、少しばかり居心地の悪い思いをしつつ、亜樹はじっと千秋を観察し返していた。 「ああ、この人もこっち側の人間だから。天道亜樹さんだよ」 「こんにちは」  亜樹が笑顔を浮かべてそう言うと、千秋もようやく表情がほぐれてくる。  自分よりも少し背が高く、モデルのようにスタイルのいい女子大生である。化粧をしているような気配はないのに、なんとも美しい顔立ちだ。  すらりとした身体に、ぴったりとした薄いブルーのニット、デニムショートパンツにレギンスを合わせ、スパンコールに覆われたフラットシューズを履いている。珠生と違うのは、そういうお洒落をして自分の美しさを楽しもうという気持ちが伺われることであろうかと、亜樹は思った。 「何してんの千秋こそ。正也に会いに来た?」 「……」  千秋は、顔を曇らせて黙る。 「正也って、大北正也?」 と、知った名前が出てきたことで、亜樹は珠生に尋ねた。 「そう、正也の彼女」 「ええっ!! こんな美人と付き合ってんの!?」 と、本気で驚いている。 「珠生、お昼食べよう。話聞いて欲しい」 と、千秋は眉間にしわを寄せたまま、きっぱりとした声でそう言った。

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