340 / 533

最終話 北の番人

 宮内庁特別警護担当課北陸支部の長を務めている高遠雅人は、石川県七尾市の片隅にあるとあるビルのエレベーターに乗り込んだ。  そこは、能登班の面々が探索方のアジトとして使っているビルだ。表向きのオフィスは、金沢市の官庁街にある。  くすんだガラス窓のあるエレベーターから見下ろす街は、閑散としていた。寂れた商店街やバス停、果たして人が住んでいるのだろうかと疑いたくなるような古い家々が並んでおり、どことなく街中が灰色に染まっているようにも見える。  チン、と軽やかな音を立てて開いたドアの向こうには、白いリノリウムの床が伸びていて、まるで病院のような風景だ。  高遠は革靴の音を響かせながらその先を進み、突き当りの白いドアをさっと開いた。 「留守番、ご苦労様。これお土産ね」  窓際に立って外を眺めていた長身の男が、振り返って高遠を見た。冷えた氷のような冷たい目をした、鋭い顔つきの男である。  その男は高遠の方へ歩み寄ると、事務所の中心に据えてある茶色いビニール革のソファでくつろいでいる高遠の向かいに座った。  がらんとした広い空間には人気がなく、無機質にデスクが並んだ部屋の中は薄暗い。節電でもしているのか、あちこちの電気は消されており、ソファの上だけに蛍光灯の明かりが照っている。 「お疲れ様でした。お、これはちんすこう……」 「君、食べたいって言ってたろ。いろんな味があるから、試してみてよ」 「ありがとうございます。美味しく頂きます」  礼儀正しく頭を下げ、その男は恭しくちんすこうの箱を抱える。 「藍沢くん、こっちは変わりなかったか?」 「はい、何もありませんでした。びっくりするほどに」 「そっか。済まないね、僕らだけ南国へ行かせてもらって」 「いいえ。僕は太陽が嫌いなので、ちょうどよかったですよ」 「そうだったな。……しかし、すごかったよ千珠さまの生まれ変わりは」 「ほう、そうですか。お噂には聞いてますが、やはり」 「そして、あの夜顔の生まれ変わりも、なかなかのものだった。彼は使える」 「……そうですか」  藍沢要(あいざわかなめ)は、表情の見えない目で、じっと床を見つめている。そして、小さな声で呟いた。 「今もあの力を、持ってるんですね……」 「……」  藍沢要の目は静かだが、瞳の奥では黒黒とした怒りの炎が燃え上がっているように見える。高遠はそんな藍沢の様子を黙って観察していたが、ふうとため息をついて微笑む。 「君が怒るのも無理はないが……現世では仲間だ。水無瀬菊江討伐にも、彼には参加してもらうんだからね」 「……分かっています。大丈夫です。大昔のことですから」 「まぁ、そうだね」 「僕は平気ですよ。別に僕自身が夜顔に殺られたわけじゃないし」 「……まぁ、そうだけど」 「仲良くしますよ。もう大人なんで、きちんと連携を取って動きます」 「 そう、頼んだよ。……浮丸(うきまる)」 「はい、風春さま」  藍沢要は、目を伏せて微笑んだ。  やや薄汚れて曇った窓ガラスからは、灰色に染まった荒れ狂う海と、灰色の曇天が見える。  びゅうびゅうと吹き付ける強い風が、窓ガラスをがたがたと揺らす。  要は漆黒の双眸で、不吉な風景を無表情に見つめた。 続

ともだちにシェアしよう!