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三、祓い人の因習

 とある日。彰、舜平、敦、佐久間の四人は車で福井県へと向かっていた。  先だって起こった東尋坊での心霊現象にきな臭さを感じた斎木彰が、能登支部での作戦会議と併せて、東尋坊の調査をすると言い出したのである。  北陸地方は、何かと雷燕の影響を受けてきた土地柄であり、現世に移ってからも、その土地は常に警戒状態にある。特別に宮内庁特別警備係北陸支部を置き、有事の際はすぐに動けるようになっているというわけである。  京都での役所仕事を終えてからの参加となった敦と佐久間は後部座席ですでに半分寝かかっている。カーラジオから流れる静かな音楽がさらなる眠気を誘っているようだ。  一番最初の運転は舜平が担当し、京都市内から高速道路へと向かう。舜平にとっては慣れた道のりで、車はすいすいと深夜の空いた道を走っている。  ふと、助手席の彰は、前方を見たまま舜平に言う。 「昔も東尋坊でね、妖絡みの事件があったんだ。業平様がまだ二十代の頃って言ってたから……まぁ二十年余り昔だけどね」 「へぇ、どんな事件?」 と、舜平。 「一般市民に二人、行方不明者が出た。人が妖に食われてしまったんだ」 「……え。食われたって……死んだってこと?」 と、舜平が恐る恐るそう尋ねると、彰は頷く。 「そう。まぁあそこは自殺の名所だから、人が消えるのは珍しくない。だからそこまで大きなニュースにはならなかったんだが……。その真相は、強力な妖を得た祓い人が調子に乗って、試しに人を狩ってみた……という許しがたい事件だった。しかもその妖を使いこなすことができず、取り逃がしてしまったという有様だった」 「……」  舜平が息を呑む。車は高速道路に入り、北へと進路をとって走りだした。大型トラックがびゅんびゅんと行き交う夜の名神高速道路に入り、舜平もスピードを上げる。 「人を食った妖は、さらに禍々しいものへと変化してしまい、あの辺り一帯で暴れ始め、濃い瘴気を出し始めた。それで特別警備担当官らが、その妖を退治しに行ったというわけだ」 「その時、祓い人たちはどうしててん? 一緒に戦ったとかか?」 と、運転しながら舜平が問う。 「逃げたさ、あっさりと。自分の手に負えないものは、手放すが懸命と言ってね。しかしどうあってもそれは殺人罪に相当する重い罪だ。業平様は当時の上司とともに、祓い人の住まう集落へ行った」 「集落……?」 「水無瀬菊江、紗夜香親子たちもそこに住んでいた。能登と越中の国境……今で言う富山県高岡市の山手あたりだよ」 「へぇ……そこに、祓い人の里があるんか」 「そう。そこで一番の有力者に会い、今回のことについての釈明を聞こうとしたのだが、『その事件を引き起こした祓い人は、すでに罰を負っているからもういいだろう』と言い出したそうだ。そうもいかない、霊的なものを扱う者として、そのあたりのけじめはきちんと付けろと業平様たちは言った。押し問答をしていると、部屋の奥から当人が出てきたんだ」  そこで彰は一旦言葉を切り、一呼吸置いた。 「妖を取り逃がした祓い人は、顔を焼かれていたらしい。ひどい火傷で、二目と見ることの出来ない姿になっていた。顔中を包帯で巻かれていて、ところどころ血が滲んでいた。……それはもう、ひどい姿だったそうだよ」 「それ……妖にやられたんか?」 「いいや、仲間にやられたんだよ。人を殺してしまったからではなく、貴重な妖を取り逃がしたという罪でね」 「ありえへん……」  舜平が息を呑む。 「もちろん顔は分からなかったが、年齢は四十代後半……というところだったそうだ。子供や家族もいたかもしれないというのに、おぞましいことをする。しかし当の本人はこれは当然の罰だと言う。……さすがに業平様も恐ろしくなったそうだ。この現代社会に、こんなにも得体の知れない人間がいるなんて、ってね。しかも我々と同じく、霊力を持って妖と関わる人種だ。今後、またこいつらと関わりを持つことがあるのかと思うと、ぞっとしたんだって」 「藤原さんでも、そんな風に思うことがあったんですね」 と、話を聞いていたらしい佐久間が重い口調でそう言うと、彰は初めて少し微笑んだ。 「まぁね、あの人も若かったからじゃないかな? 前世では、業平様が直接祓い人とやり合うようなことはなくて、もっぱら僕らの仕事だったから、実際目の当たりにしたことはなかったはずだ。……まぁ結局、そんな重症人を宮内庁の監護課に回すこともかなわず、宮内庁は手を引いたというわけ」 「……いちいちやり方が不気味じゃな」 と、敦が低い声でそう言う。 「そういう文化の中で育ってきたら、それが当然と思ってしまうものなんだろう。この現代社会において、まだそんなことをしている連中がこの世界にはいるんだ。でも、ここだけの話ではないよ。世界中には、僕らの理解からかけ離れた文化を持つ民族はたくさんいる」 「確かに」 と、舜平。 「しかしそれが、我々にとって脅威となるかならないか、関わりがあるかないかで、意味は全く違ってくる」  彰はそう言うと、窓の外にもう一度目をやった。 「雷燕の封印は絶対死守。今回、我々に危害を加えてきた能登の祓い人衆は、全員捕縛だ」  きっぱりとした彰の声に、舜平と敦、そして佐久間の顔が引き締まる。 「……場合によっては、生死は問わない。いいね」 「……了解」  三人はめいめいそう返答を変えしつつ、思い思いに窓の外を見つめる。高速道路はオレンジ色のライトに照らされて、どことなく現実感を感じにくい風景だ。一定のリズムで後ろへ流れていくそれらの明かりが、ずんずん四人を現代社会から遠ざけていくような……。舜平はそんな印象を抱いていた。 「珠生くんらは連れてこんかったんじゃな」 と、敦が呑気に欠伸をしながらそう言った。 「ああ、彼らはまだギリギリ夏休みに入ってないからね。学生生活を優先すべきと判断した」 と、彰。 「なぁんや、つまらん」 と、佐久間は何故かひどく残念そうである。ルームミラー越しに、舜平は佐久間のがっかりした顔を見た。  やれやれ、沖縄以来、佐久間さんまで珠生に……と、内心げんなりする。 「まぁまたそのうち会うって。そう気を落とさず」 と、彰が慰める。 「なんや、今度は佐久間さんも珠生くんの虜か。まったくあの子の色気はすごいのぉ。なぁ、舜平」 と、敦。 「何で俺に振んねん。知るか」  舜平は憮然としてそう言うと、ぐいと乱暴に車線変更してやった。後部座席の二人が、うおっと身体を傾けている。 「被害者の会を作らないとな」  彰がにやりと笑ってそんなことを言っている。 「しょうもないこと言うな。次のサービスエリアで運転変われ」 「はいはい。怒んなくてもいいだろ」  彰の軽い口調に、舜平はまたため息をつく。  サービスエリアの表示が見えて、舜平はまた乱暴に車線変更してやった。

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