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悠一郎の頼みごと〈6〉

  「はぁ〜〜肩凝った」 「今日は流石に俺も疲れた……」 「そらそやな、慣れへんヒールにドレスに……。車やったらすぐ送って帰ってやれんねんけど」 「ううん、いいよ。こうやって舜平さんと歩くの、新鮮だしさ」 「お、おう……」  京瑠璃堂から琵琶湖疏水沿いをぶらぶらと歩きながら、ふたりは平安神宮の方向へと足を向けている。太陽はいつのまにか西の方向へと傾きかけていて、空気はひんやりと冷気を孕み始めていた。  週末の平安神宮付近は、多種多様な人種の観光客で混み合っていた。平安神宮といえば京都きっての観光名所。その上今は、ちょうど紅葉の時期である。混み合わないはずはないのだが、思いがけず平安神宮に初めて訪れることとなった珠生は、突如視界に現れた巨大な大鳥居を見上げて、感嘆の声を上げている。 「うわぁ〜おっきいなぁ」 「お前もほんま出不精やなぁ。平安神宮いうたら、京都に来たらまずは行っとかなあかんなって思う場所なんちゃうん?」 「え? 別に思わなかったけど」 「……なるほどな。お前はほっとくとどこまでも引きこもるタイプっちゅうことやな」 「まぁ、否定はしないけど」  と言いつつ、珠生は秋空にそびえる真っ赤な鳥居を、しばらくの間無言で見上げていた。隣に立つ舜平も珠生に倣い、観光客よろしく鳥居を見上げてみる。 「こんなの、五百年前からあったっけ?」 と、珠生が腕組みをしてそんなことを言う。 「いや、なかったで。大鳥居ができたのは昭和に入ってすぐのことや。小学生んとき習った」 「……へぇ、さすが京大生。記憶力いいなぁ。舜海とは大違いだ」 「やかましい」  舜平が渋い顔をするのを見て、珠生は笑った。撮影の時とは打って変わってくつろいだ笑顔を浮かべる珠生とふたりきり。なんだかようやく、休日らしい時間を過ごしているなと感じる。  のんびり平安神宮を見て、岡崎公園を散歩する。その日は公園内でフリーマーケットが催されているらしく、たくさんの人で賑わっていた。明るく活気のある雰囲気を遠くから眺めていると、自然と顔が綻んでくる。舜平はふと隣を歩く珠生に声をかけた。 「フリマやって。行ってみる?」 「……行かない」 「言うと思たわ」 「じゃあ聞かないでよ。……どこもかしこも混んでるなぁ、このへんは」  珠生の足は、自然と人気の少ない方へと進んで行くらしい。舜平は珠生に道の選択を任せつつ、この建物は何であの建物は何と、岡崎公園近辺に点在する美術館などの説明をしながら歩いた。  そうしているうち、気づけば二人は地下鉄東西線蹴上駅のあたりまで歩いて来ていた。ここまで来たならば、南禅寺などもじっくり観光したらいいのに……と活動的な舜平は思うわけだが、珠生は人混みにくたびれているらしく、さっさと地下へ続く階段を降り始めている。 「もう帰るん?」 「……帰りたい」 「そか。ほな俺……どうしよかな」 「……え、一緒に帰らないの?」 「えっ? でも、先生は……」 「どうせ夜遅くまで帰らないよ。だから……ええと、その……ちょっとでも」  ホームで電車を待ちながら、珠生はもごもごと口ごもって頬を赤らめた。珠生の言わんとすることをなんとなく察した舜平は、ふっと力が抜けたように微笑んで、珠生の頭を軽く撫でる。 「ええよ。そうしよ」 「……」 「不機嫌やったんは、はよ帰りたかったからか?」 「ち、違うよ。それは単に人混みに疲れて……」 「ははっ、せやな」  舜平が軽やかに笑い声をたてた時、ちょうど電車が到着した。  +   「ん……ん、んっ……ぅ……ン」 「……珠生、なんで声、我慢すんの?」 「だって……父さんが、いつ帰ってくるか……ッ、あんっ……ん……っ」 「まだ五時やん。……大丈夫やろ」 「でもぉっ……ン、は……はっ……ぁ」  二人はしんと冷えた廊下で、立ったまま事に及んでいる。  どちらも我慢の限界であったため、玄関のドアが閉まるやいなや熱い抱擁を交わし、濃厚な口づけを交わし合った。 「寒いからベッドがいい」と文句を言う珠生の唇を塞ぎ、すぐさま珠生のシャツの中に手を差し込んで肌を撫でる。なめらかな肌に指先が触れるだけで、珠生はすぐさま熱っぽい喘ぎを唇からこぼし、より積極的に舜平のキスに応えるのだ。  珠生を壁に押し付け、色っぽいうなじにかぶりつきながら、ズボンをずらしてペニスを扱く。舜平の荒々しい行為を嫌がるふうでもなく、珠生は壁に身をもたせかけて拳を握り、声を殺して舜平の愛撫を受け入れていた。  多少強引な挿入でさえ、珠生は喜んで受け入れた。自ら尻を突き出し、舜平を煽る言葉を口にしながら。 「……ぁ、ああんっ……っ、」 「珠生……立ちバック好きなんか? いつもより……」 「別に、そんな……ぁ、あっ……ッん、」 「エロい腰。……こんなに細いのに、俺のコレ、めっちゃうまそうにしゃぶってる」 「ん、んっ……ン、あ、あ……っ」  舜平がゆっくりと腰を引くと、くちゅ……っという粘着質な水音が珠生の鼓膜を刺激した。しばらく浅いところをくちくちと切っ先でいじめてくる舜平の動きに耐えかねて、珠生は自ら腰を突き出し、横顔で舜平を振り返る。 「そこ、やだ……もっと、奥……突いてよ……っ」 「……へぇ、奥がいいんや。どんな風に、されたいん?」 「ァ……っ」  ず、ずず……と舜平が中に入ってくる。前立腺を擦り上げられる感覚に、珠生の全細胞が歓喜する。しかし、舜平はすぐにはしてほしいことをしてくはくれない。またすぐにペニスを引いて珠生を焦らしながら、シャツの中に手を入れて、両乳首を柔らかく愛撫するのだ。 「ぁ、ああっ……ァ、ん……」 「……ん、締まる……っ。珠生……いつもより興奮してへん? 先生がいつ帰ってくるかも分かれへんのに」 「ぁ、だって、……ア、んっ……!」 「乳首いじめられんの、好きやな。……ほら……こんなにキツい……」 「あ、あっ……!! 舜平、さ……っ……」  ずん、ずんと珠生の奥を責め立ててくる舜平の熱い肉の感触が、蕩けそうなほど気持ちがいい。珠生は壁にしがみつくような格好になりながらも浅ましく腰を突き出し、舜平の力強い抽送に心底酔いしれていた。 「あっ、あ、あ、あ、っ……ァ」 「……声、我慢せんでいいんか?」 「むりっ……むり……っ、ひぅっ……ン、っ」 「珠生……かわいい。ほんっまに、かわいいなお前……っ」 「あ、あ、あっ……!! あぁ、イイっ……イイよぉ……、あ、あん……!!」  舜平の激しい突き上げに、がくがくと身体が揺れる。壁で握りしめた拳の上に、舜平の手のひらが重なった。  望むところを何度も何度も穿たれながら、舜平は珠生の耳元で淫らな言葉を囁いた。低く甘い舜平の声に貫かれ、珠生の全身にさらなる性感の火が燃え上がる。 「……ぁ、あ、や、やだ、イく、イく、イっちゃう……!!」 「俺も……イきそ……。中、出していい?」 「いい、いいよ……っ、俺ん中で、イって……っ!!」 「ん……っ、ン……」  後ろから珠生を強く強く抱きしめながら、舜平は珠生の体内に熱いものを迸らせた。それを受け止める珠生の身体が小刻みに震え、舜平の精を一滴でも逃すまいと、きつく、いやらしく、内壁が蠢く。  毎度のことながら、その感触がたまらない。珠生は舜平の全てを欲し、全てを食い尽くしたいのだと舜平を煽る。気持ちだけではなく、肉体的にも珠生に求められている実感がひしひしと伝わってくるこの瞬間は、珠生への愛おしさがひときわ熱く、強く、募るのだ。 「……はぁっ……はぁ……っ……」 「っと……大丈夫か、珠生」 「立ってられない……はぁっ……はぁ……」  舜平がペニスを抜き去ると、珠生はへなへなとその場にへたり込んでしまった。舜平は慌てて珠生の身体を支えると、膝をついている珠生の身体を正面から抱きしめた。 「……俺……ひどい、かっこ……」 「せやな。でも、そそるで」 「ばか。……はやく、シャワーしなきゃ……」  くったりと脱力し、汗ばんで火照った肌を艶めかせながら舜平を見上げる珠生の色っぽさに、舜平は再び激しい性的興奮を覚えたが……そこは我慢。  そして改めて思う。  美しい衣服や花などで飾るまでもなく、こうして素顔のままでいる珠生の姿が、何よりも美しいのだということを実感する。  シャツは汗と舜平の荒っぽい愛撫のせいでくたくたに乱れ、ズボンと下着は足元でもたついて、片足首のあたりで絡まっている。白い太ももとふくらはぎがむき出しになり、唯一乱れることなく珠生の身体を覆っているのは、黒いスニーカーソックスだけという有様だ。  ――こいつは全裸もエロいけど、着衣エロも最高やな……。  と、舜平がよこしまなことを考えながらごくりと喉を鳴らすと、珠生は困ったような怒ったような顔で、舜平を見上げた。 「今変なこと考えただろ」 「えっ? 別に考えてへんけど? あ、俺も一緒にシャワー、」 「ダメだってば! 一緒に入ってるとこに父さん帰ってきたらやばいだろ! 舜平さんはあとで!」 「……せやな」  びしりと珠生に怒られて、舜平は黙った。  珠生は舜平にもたれかかりながら足首に絡まったズボンを脱ぎ、ゆっくりと立ち上がる。その拍子に、珠生の内腿に舜平の体液がとろりと伝う様を見てしまえば、舜平の欲求は再び最高点に達してしまうのだが……。 「……ダメだよ、もうダメ」 「う」 「今日は……俺だって我慢するんだから。舜平さんも我慢してよ」 「お、おう。せやな」  立ち上がった珠生を支えるべく舜平も立ちがると、珠生が不意に伸び上がり、ちゅっと舜平にキスをくれた。舜平がきょとんとしていると、珠生は火照った頬のまま、はにかむように微笑んでいる。 「……来週末、父さんいないから。続きはその時、しようよ」 「え、あ……せやったな。学会行かはんねんな」 「その日まで我慢しようと思ってたんだけど、無理だった」  珠生はそう言って、もう一度舜平に甘えるように抱きついてくる。舜平はその背中を抱きしめながら、嗅ぎ慣れないワックスの匂いの残る珠生の髪の毛に、鼻先を埋めた。 「素直になってきたやん、お前も」 「……そ、そうかな」 「ほんっまかわいい。はぁ……このまま夜通しセックスしたいなぁ……」 「舜平さんとするの好きだけど、しつこすぎるのが玉に(きず)だよね」 「そうかあ?」 「そうだよ。……まぁそういうとこも、すごくいいけどさ」 「珠生……」  舜平の胸の中でくすぐったそうにそんなことを言ってくれる珠生への愛情が燃え上がり、ムラァ……っと、舜平の中で何かが壊れかけた。  が、珠生は無情にもするりと舜平の腕から抜け出すと、「シャワーしてくるね」と言い残してバスルームに消えてしまった。  取り残された舜平は静かに身だしなみを整え、はぁ……と重たいため息をついた。 「……はぁ……つらい。一週間お預けとか……つらい……。でも一週間我慢すればいいんやもんな。うん、うん……」  珠生のシャワーシーンを覗きたい助平心をなだめすかしつつ、舜平はまたため息をついた。  おしまい♡

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