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酒は飲んでも飲まれるな〈前〉
20歳になってる設定で……
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「ごめん、遅れて!」
珠生が飲み会の場である居酒屋に現れたのは、約束の時間を十分ほど過ぎてからだった。
掘りごたつの座敷の部屋には、すでに本郷優征、空井斗真、そして柏木湊が着席している。
ふわふわと湯気の立つ鍋がテーブルの真ん中にセットしてあり、部屋の中はとても暖かかった。珠生がマフラーを外しながらどこに座ろうかと視線を巡らせていると、斗真がバンバンと座布団を叩いて「ここ座れや!!」とアピールしている。ちなみに、一つ空いたその座布団の隣には優征が座っており、その向かいに湊がいるといった格好だ。
「あ、うん……」
湊の隣が空いているのに、身体の大きなバスケ部員二人に挟まれて座ることには若干抵抗があったものの、珠生は仕方なくそこに腰を下ろした。すぐさま斗真がメニューを開き、「何飲む? 何飲む?」と声をかけてくる。その甲斐甲斐しさを生ぬるい目で見つめているのは、正面にいる湊だ。頬杖をついて、呆れたように斗真を見ている。
一通り飲み物の注文が終わると同時に、鍋の具材が運ばれてくる。今日はどうやらキムチ鍋であるらしい。手際よく鍋の支度をしている湊を手伝っている珠生を眺めつつ、優征はこんなことを尋ねた。
「お前が遅刻とか、珍しいやん。なんか用事やったんか」
「えっ!? いや別に……ちょっと寝過ごしたっていうか」
ここへくるほんの一時間ほど前まで舜平とセックスをしていたとは言えず、珠生はごにょごにょとお茶を濁した。そんな珠生を見て、湊は訳知り顔で頷いている。そんな湊を、珠生は軽く睨んだ。
「まぁまぁ、いいやん。今日は忘年会なんやしさ、楽しく飲もうぜ! なぁ珠生!」
「あ、うん、そうだね」
座敷の襖が開き、若い男性店員がビールを持って入ってきた。めいめいにビールが行き渡ったところで、斗真がバッと立ち上がり、声を張る。
「ほなほな、俺が乾杯の音頭をとらせてもらいます!! みなさん、今年一年、おつかれっしたー!! 来年もよろしくお願いしゃす!! 乾杯!!」
「かんぱ~い」
斗真とは相当な温度差のある三人であるが、それぞれにグラスを軽くぶつけ合い、ぐいと一口ビールを口にする。珠生はあまり酒に強い方ではないが、一杯目のビールで酔うほどではないため、軽く喉を潤しつつ、その心地良い苦味にちょっと目を細めた。
気の置けない仲間たちと温かい食事を取りながら、酒を酌み交わす。
珠生は賑やかな夜にほっこりした気持ちを抱きつつ、のんびりとグラスを傾け、初めて食べるキムチ鍋を堪能した。
~一時間後~
「王様ゲームしようぜぇ!! イェ~~!!」
と、完全にへべれけな斗真が割り箸を片手に大声を出した。すると向かいにいた湊が、「なんで男ばっかで王様ゲームなんかしなあかんねん!」とブーイングをしはじめる。
「えー? いいやんいいやん、しようやぁ。なぁ、珠生、いいやんなぁ?」
「え? ま、まぁ、いいけど……」
赤ら顔でベタベタとひっついてくる斗真にやや引き気味の珠生だが、珠生は珠生で若干目元がとろんとしている。あれからビールを二杯と、斗真に付き合わされてハイボールを飲んだのだ。ぽやんとしながら鍋をつついている珠生の横顔に熱視線を送っているのは、隣に座る優征だ。優征は酒に強いため、まるで酔っ払う気配はない。
「斗真、近いねんアホ」
「はぁ~? お前とは近くありませんけどぉ~?」
「珠生に近い言うてんねん。もっと離れろボケ」
「はぁぁ!? なんでお前にそんなん言われなあかんねんハゲェ~」
「誰がハゲやカス!」
「なんやとぉ!?」
と、あわや喧嘩を始めそうになっている二人の間に挟まれて、珠生はさも迷惑そうに顔をしかめた。そして両手を思い切り突っ張ると、二人をそれぞれ一瞥しつつ、「うるさい」と言った。
珠生に叱られた途端、斗真は目をうるうるさせながら珠生に擦り寄り、「すまんすまん♡ そんな怒んなやぁ♡」と機嫌を取り始めた。そんな斗真を見て、優征は派手にため息をつき、ぐいと珠生の肩を抱き寄せる。
「だから近いって言ってるやん。ええ加減にせぇよ」
「あ!! なんでお前!! 珠生の肩なんか抱いてんねん離せスケベ!! 優征に近づくと妊娠するんやで!! 離れろ珠生!!」
「はぁ? するわけないやろアホ!! っちゅうかお前酔いすぎや、ちょっとは落ち着かんかい!! 水飲め水!!」
「俺はぜんっぜん酔ってませーん!! 珠生にセクハラすんな!! 珠生は俺のんやで!!」
「俺のんってなんやねんそれ!? どっちかゆーたら俺のもんや俺のもん!!」
「何をぉぉお!?」
派手に珠生の取り合いをし始めたバスケ部二人にガクガクと身体を揺さぶられ、珠生は徐々に青くなり始めた。正面に座る湊は、ここまでの間にバスケ部二人に怒涛のツッコミをしていたため疲れ果てており、もはやどこか遠い目をしている。
すると珠生は、バンっと手にしていた箸をテーブルに叩きつけた。
その衝撃で、バキっと割り箸が粉砕する。
「うるさいって言ってんだろうが!! 俺の耳元でギャーギャーギャーギャー大騒ぎするな!! 大人しく座ってろ!!」
「はっ、はいぃ……!!」
突如として目を鋭くし、ドスの効いた声でそう言い放った珠生の迫力に、優征と斗真は硬直した。二人はすごすごと大人しく自分の座布団の上に座り、膝に手を置く。
珠生はそんな二人をひと睨みした後、ジョッキの半分程度残っていたハイボールをぐいっと男らしく飲み干した。そして「ぶはっ」と息を吐きつつ拳で唇をぬぐい……そして、そのままばたりと机に突っ伏してしまった。
「……あれ?」
と、斗真は珠生の顔を覗き込んだ。
「珠生……?」
と、優征が、珠生の身体を軽く揺さぶる。
すると珠生はふにゃりと脱力し、ばったりと畳の上に倒れてしまった。そして、平和な寝息を立てている。
「……寝てるん?」
と、優征。
「寝てる、やんな……」
と、斗真。
二人はそう呟き、ひょいと顔を見合わせた。そして、すぐさま険しい表情になって互いを睨みつけあっている。
「おい斗真。今チャンスやとか思ったやろ。珠生にキスしたろとか思ったやろ!? 俺の目はごまかせへんぞ!!」
「お、お、おおおお、おもってねーよそんなこと!!! 思うわけないやんん!!?」
「嘘つけ。お前の目、今めっちゃスケベやぞ。バレバレやぞ」
「そ、そ、そーいうこと言っちゃう優征の方があやしーですぅ!! 前から思っててんけどお前さぁ、珠生のこと好きやろ!? 好きなんやろ!? だってお前、最近全然女の子と付き合わへんやん!! 珠生が好きやから女に興味なくなっとるやろ!!」
「ち、ちち、ちがうわボケェエェ!! そんなわけないやろ!! 俺を誰やと思ってんねん!! 学内一のヤリチンやで!! 大学一のチャラ男なんやで!!」
「ぜんっぜんチャラないやん、むしろめっちゃ誠実やん!! 珠生に対してだけめっちゃくそ誠実やんお前!! それに、はぁ!? 誰がヤリチンやねん!! お前大学入ってから、誰ともエッチしてへんやろ!! 知ってんねんで俺!!」
「ぐっ……そ、そんなことないわい!! お前の知らんとこでエロエロなプライベート送ってますぅ!!」
「嘘つけ、こないだタケ(楪正武)にボヤいてんの聞こえたんやで!! ご無沙汰すぎてセックスの仕方忘れたって言ってたやろ!!」
「ぅぐ……っ、あれはただの冗談や!! と、とにかく!! 珠生にチューなんかさせへんで!! 近づくな童貞!!」
「どっ……童貞っていうなハゲェェ!! ちょっとくらい女の子に触ったことあるし!! 完全な童貞じゃないし!!」
「童貞童貞って、うるさいなぁ……」
その時、珠生がむくりと起き上がり、眠たそうに目をこすり始めた。そして面倒臭そうに優征と斗真を見比べた後、もぞもぞと掘りごたつから這い出し、向かいにいる湊の方へと避難しはじめた。
日本酒を静かに嗜んでいる湊の元にやってくると、珠生は湊の膝の上に頭を乗せて、すーすーと寝てしまった。
「……やれやれ。世話の焼ける」
珠生の頭を撫でながら、湊は唇を釣り上げてニヤリと笑った。明らかなドヤ顔を向けられて、斗真と優征のこめかみに青筋が浮かぶ。
「……お前らってさ、地味にむっちゃ仲良いよな……」
と、優征がぼそりと呟くと、湊はくいっと日本酒を飲み干して、いつになく艶っぽい笑みを浮かべた。
「そらな。俺と珠生の仲やから」
「はぁ? どんな仲やっちゅーねん。柏木お前、戸部さんというものがありながら、珠生のこと手懐けよって」
と、優征がブスッとした顔で頬杖をつき、そんなことを言った。
「そらまぁ、それなりに付き合いも長いし(前世から)。裸の付き合いもしてるしなぁ(温泉)」
「えっ……裸……っ!?」
と、斗真がむくりと体を起こす。
「珠生の裸……見たことあるん……!?」
「あるで。何回も」
「な、なんやてお前……ま、まさかお前、お前まさか、珠生とエッ、」
と、斗真が言いかけた時、襖の向こうがにわかに騒がしくなった。
「珠生!? 珠生の匂いがする〜〜〜!! どこにいるんだい、珠生〜〜!!」
スパーン!!と襖が開き、うっすら頬を朱に染めた彰が現れた。
どうやら、隣の座敷で、医学部の仲間たちと忘年会をしていたらしい。開け放たれた襖の向こうには、年上の男たちが十人ほど、わいわいと鍋を囲んで騒いでいる。
「せ、先輩……!?」
「あれぇ、君達もいたの? 酒とキムチの匂いで全然わかんなかったんだけど、なんかふと珠生の匂いがしてね〜〜」
彰はすっかりへべれけになっている様子で、にこにこと上機嫌な笑顔を浮かべながら、ふらりとこちらの部屋に入ってきた。そして湊の膝で眠っている珠生を見つけるや、すぐさまぺたんと珠生のそばに座り込む。
「み・つ・け・た♡」
「……せ、先輩……どないしはったんですか。そんな酔って……」
と、湊も困惑気味である。彰はとろんとした目つきで湊を見上げ、すいっと湊の方へ身を寄せてきた。そして、長い指で湊の唇をふにふに突きながら、こう言った。
「僕は昔から、からみ酒さ♡」
「あ、いや、そういうこと聞いたんちゃうんですけど……」
「いやぁ〜〜さすがの僕でも、四日寝ないで先輩たちの論文の手伝いってのは、無茶だったよぉ〜〜〜」
「えっ!? 四日!?」
「うん、大学に泊まり込みでさ〜〜先輩たちに泣きつかれちゃって、仕方なくね。あははははは」
「そら……お疲れ様でした」
湊がそう労うと、彰はいつになく愛らしい笑顔でにっこりと笑い、ちゅっと湊の頬にキスをした。
湊は呆然として、戸惑いがちに頬に指で触れている。そして、最恐の先輩が突如現れたことで寡黙になっていた斗真と優征も、「ええっ!?」と小さな悲鳴をあげた。
「優しいんだね、湊……。キスしてあげようか?」
「え……いえ、大丈夫です。けっこうです」
「遠慮しなくてもいいんだよぉ〜〜。君にはいつも世話になってるからね、そのお礼さ」
「いえ、お礼にならへんので、いりません」
「冷たいなぁ〜〜〜〜!! このこのぉぉ!!」
彰は湊の頬を指先でくりくりとつつき回しながら、今度はふいっとバスケ部の後輩たちの方を向いた。
「……で、君たちは珠生のことを取り合っているというわけか。ふっ、ふふふふふ……」
「べ、別に取り合ってなんかないですよ!」
と、優征が慌てたようにそう言うと、斗真は「嘘つけ! お前、さっき珠生にチューしたろみたいな顔しとったやん!!」と喚いた。
「アホか!! 今そう言うこと言うなって!!」
「だってそうやん!! エロ優征!! スケベ優征!!」
「それを言うたらお前もそうやろ!! 欲求不満が態度に出すぎやねんこのクソ童貞が!!」
「童貞って言うなボケェェ!!」
「……ふうん……君たちはまさか、僕の珠生で欲求不満を解消しようとしていたってことかな……?」
「うっ……」
ふと気づくと、彰が背後に回っている。
二人は青くなった。
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