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『親友の結婚式』エピローグ
「舜平と優征がねぇ……」
その数日後。
珠生は湊と二人で、北大路バスターミナル付近の居酒屋に入っていた。結婚式の二次会へ行けなかったことにやや罪悪感を抱いていたため、珠生から湊を誘ったのである。
「そんなん気にせんでいいのに。結婚式に来てくれただけで、俺はめっちゃ嬉しかったんやで?」と、微笑みながらジョッキを傾ける湊の左薬指には、銀色に光る真新しい結婚指輪。仕事終わりのスーツ姿で、黒縁眼鏡をかけたいつも通りの湊なのに、結婚指輪をしているだけで、どうしてかとても大人な男に見えた。
「斗真が俺のこと好きなのかもってことは何となく察してたけどさ……」
「なんとなくって。いやいやいや何言うてんねん。斗真はお前に、高校の頃からベタ惚れやったやろ」
「そうだっけ……」
「それに優征かてそうやん。何やかんや言うて、あいつ昔から、お前のことめっちゃ意識してたと思うで」
「意識……か。そりゃまぁ、最初はめちゃくちゃ嫌われてたわけだし」
「いやそういうんじゃなくてやな……」
湊は呆れたような表情で珠生を見つめ、はぁ、とため息をついた。そしてテーブルの上に乗った唐揚げをひとつつまみつつ、ごくごくとビールを飲む。
「まぁええか……。なんにせよ。舜平と話し合えたんは良かったな」
「うん、そうだね……。解決したのかどうかは分からないけど」
「舜平も大変やな。お前はあっちこっちで男を引き寄せるし」
「ちょ、変なこと言わないでくれる?」
「小耳に挟んでんけど、お前東京出張のとき、皇宮警察本部にも挨拶行ったんやろ?」
「うん。だって、俺たち特別警護担当課の仕事は皇宮警察寄りだから、あの人達との付き合いは多いんだ。明日も俺、合同研修あるし」
「合同? あぁ、そっか。こっちには京都護衛署があるもんな」
「うん……明日は舜平さん、初めて合同研修参加するんだ。けど……」
珠生はいつのまにやら空っぽになったジョッキを指で撫でつつ、はぁ、とひとつ物憂げなため息をついた。湊は小首を傾げて、「どないしたん?」と尋ねる。
「研修の時、毎回手合わせがあるんだ。柔道と剣道とあって、明日は柔道の日なんだけど」
「ほう。……あぁ、なるほど。お前と手合わせする男がもれなくお前に興奮してまうってことか」
「……うーん、まぁ……平たく言うとそういうこと。こんなことがあったばかりなのに、そういうとこ見られるのはちょっとなぁって」
「やれやれ」
「あ、で、何? 皇宮警察本部の人たちがどうしたの」
「あぁ、あそこは女っ気無いから、お前が帰った後、めっちゃ美人が来たって大騒ぎやったらしいで。ファンクラブまで出来てるとか出来てへんとか」
「……そ、そうなんだ」
「高校でも苦労しとったけど、お前、仕事でも何かと苦労しそうやな」
「そういう苦労したくないんだけどな」
そう言いつつ珠生がため息をつくと、テーブルの上に置かれた湊のスマートフォンが、ガタガタと震え始めた。
「戸部さん? ……あ、じゃないか。もう柏木さんだ」
「あぁ、せやな。……帰りに牛乳買って来てほしいんやて」
「あははっ、いいね。結婚してるって感じするなぁ。新居の住み心地はどう?」
「まぁまぁやな。お互い実家が近すぎるから、まだ荷物とか揃ってへんねけど」
湊と百合子の新居は、堀川通と北大路通の交わる交差点から、少し南東に入った場所にある。なんとふたりは、結婚を機に中古の分譲マンションを購入しているのだ。湊は若い身空でありながら、すでにローンを背負っているというわけだ。
「今度遊びに行くね。楽しみだなぁ」
「おう。ちゃんと引越しが完了したらまた誘うわ。まぁ、百合子は料理得意とちゃうから、お前がなんか作ってくれ」
「ふふっ、任しといて」
すると今度は、珠生のスマートフォンがバイブし始めた。ひょいと持ち上げて通知を見ると、それは舜平からのメールである。
「仕事終わったって。店の場所送ってあげてよ」
「はぁ? お前がやればええやろ」
「やり方よくわかんないから」
「へいへい」
湊が片手でさくさくと操作している様子を眺めつつ、珠生は細い窓から通りの方を眺めた。忙しく人が行き交う夜の京都は、今日も平穏な気で満ちている。
「お、先輩も来るらしいで。……うわ、夜勤明けやって、大丈夫かいな」
「絶対大丈夫じゃないと思うよ。まぁ、湊んち近いんだし、大丈夫でしょ」
「大丈夫なわけないやろ。葉山さんに引き渡すわ」
「受取拒否されるかもね」
「あり得る」
そんなことを言いつつ、二人はビールのお代わりを注文し、少しさみしくなり始めていた皿を片付けて、新たにつまみを注文した。適度に騒がしい店内にこだまする酔っ払いの笑い声を聞きながら、珠生は舜平にメールを返信する。
「四人揃ったら、結婚式の三次会だね」
「いや、五次会やな。二次会の後、なんやかんやでカラオケ行って、その後カフェで飲み直して……ってしとったから」
「えぇ? そうだったんだ」
「最後の方、俺でさえあんま記憶ないねん」
「せっかくの初夜に何してんだよ」
「初夜て。お前、発言がだいぶオッサンになってきたな」
「……オッサンはやめて」
珠生が渋い顔でそう言うと、湊は珍しく声を立てて笑った。
その時入り口の方から、店員の威勢のいい声が響きてきた。くんくん、と珠生は鼻をひくつかせる。舜平の匂いがしたのである。
「いらっしゃいませ〜!! 二名様ご来店〜!!」
「あ、来たみたいだね」
「やれやれ、今夜も徹夜覚悟やな」
「だから俺、明日は研修だって」
「お前なら徹夜でも大丈夫やって! 世界最強の男なんやから」
「そんなわけ……あるかもだけど」
「謙遜せぇへんのかい」
湊に冷静につっこまれていると、二人で飲んでいた半個室に、舜平と彰がやって来た。
転生組四人での結婚式五次会は、結局朝まで賑やかに続いたのであった。
『親友の結婚式』 ・ 終
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