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『もしも番になれたなら』〈中〉

 日が暮れるにつれ雪は強く深くなり、視界を塞ぐほどの吹雪が遊び始めていた。  馬を駆っていつもの廃寺に近づくにつれ、甘い香りを強く感じるようになっている。ついさっき柊と交わした会話が自然と脳内を巡る。いくら舜海に学がないとはいえ、この意味を理解するのは容易いことだ。  ――千珠の匂いや。……これは、間違いない……。  どくん、どくん……と自らの足で駆けているわけでもないというのに、じわじわと鼓動が速まってゆく。肌をじりじりと焼くような焦燥感に追い立てられ、舜海はいつにも増して厳しく馬を追い立てた。愛馬も舜海の焦れを感じ取っているらしい。疾風のように吹雪を切り裂き、まっすぐに目的の場所へと駆けてゆく。  ――この香りを、もし他の奴らが嗅ぎつけたら……!!  顔の見えない男に千珠を奪われ、穢される妄想が脳裏をかすめる。舜海は荒々しく首を振り、馬をつなぐももどかしく、廃寺の手前で鞍から降りた。そして、一心に千珠の元へ。  裸足に草履をつっかけただけの足元に、湿った雪がまとわりつく。だが、舜海には冷たさなど感じなかった。一足、一足近づくごとに、濃厚に舜海を絡め取る密のような甘い香り。息を吸うたびに、ぐらぐらと沸き立つ獣じみた本能。  自分が優目であったことなどどうでもよく、ただ、千珠のことが心配で、何より早く奪いたくて、舜海は荒々しく石段を駆け上り、木扉を開け放った。 「千珠!!」  扉から差し込んだ雪明りに照らされて、床の上に横たわる千珠の姿が浮かび上がって見えた。まるで胎児のように四肢を縮めて、千珠ははぁ、はぁと苦しげな呼吸を繰り返している。  千珠の吐息が、生々しく迫ってくる。  ゆっくりと舜海を認めた琥珀色の瞳は、涙に濡れて潤んでいる。いつもより赤い唇から吐き出される淫らな呻きと、全身から放たれる狂おしいほどの甘い香りに、舜海は一瞬めまいを感じた。それほどまでに激しく、千珠を欲して突き上げられる。 「……舜、海……」 「千珠……! お前……」  後ろ手に扉を閉め、ふらつきながら歩み寄る。千珠はとろんと蕩けたような眼差しで舜海を見上げ、震える声で名を呼んだ。  名を呼ばれるだけで、心の臓が激しく高鳴った。全身が熱く、血が沸き立つほどに千珠が欲しい。  傍に膝をついて千珠の上半身を抱え起こし、ぎゅっと強く抱きしめた。 「あつい……くるしいよ……っ……はぁ……」 「ごめんな、遅なって」 「……舜、俺……おれっ……」 「そうやな。お前はどうやら、(みずのえ)(Ω)らしい」 「……ん……そんな」 「そんで俺は、(ひのと)(α)、らしいわ」 「……くそっ……なんで、おれが……」  やや悔しげに悪態をつくものの、千珠の眼差しはどこか甘い。ひりつくような欲に溺れながらも、舜海は淡く微笑んだ。  する……と白い着物をはだけてみれば、熱を持って火照った艶肌が露わになる。ほっそりとした首筋に唇を寄せながら、舜海は自分の羽織を脱いで床に広げた。そしてその上に、千珠をそっと横たえる。  訳の分からない高ぶりに対する怯えを瞳に揺らがせながら、舜海を求めて震える唇。これは千珠にとって初めての盛りであるから、不安で不安でたまらないのだろう。じっと舜海を見上げる千珠の表情は心細げだった。  だが、着流しの股座はすでにふっくらと盛り上がり、次なる刺激を求めている。もじもじと焦れたように太ももを擦り合わせているのを見て、舜海はしゅるりと千珠の帯を解いてやった。 「あっ……み、見るな……っ!!」  下履きはすでに体液でとろけ、微かな明るさでも分かるほどにどろりと濡れている。千珠はそれを恥じらうように腰をねじろうとしたが、舜海はすぐに千珠の両脚の間に身体を割り込ませた。  ――……あぁ……ほんっまに、目が眩む……。 「舜……っ……ぁ、あっ……」  言葉をかけて安心させてやりたいが、そんな余裕はもてなかった。かぶりつくように千珠の唇を塞ぎ、ぐっと足を開かせて下履きを奪い去る。そして、いつも舜海を受け入れていた小さな窄まりに指を這わせてみて、舜海は思わずため息を吐いた。 「すごいな……こんなに、濡れるんか」 「はぁっ……ァっ……なんでおれが、っ……ン……ん」  盛りを迎えた壬は、丁から与えられる胤を求めて、後孔が豊かに濡れるようになる。ぬぷ、ぬぷ、と中指を抽送するたび、きゅうっ、きゅっ……と舜海を求めて内壁が蠢いた。千珠は身悶えしながら舜海にしがみつき、指の動きに合わせて腰を小刻みに揺らし始めた。不安げに喘ぐ声とは相反して、千珠の腰の動きはどこまでも貪欲で、淫らだった。  戦場や満月の夜、何度か肉体を重ねたが、ここまで感じが良いのは初めてのことだろう。本能が互いを求めあっていることを、痛いほどに実感する。  指を増やし、千珠の口内を舌で舐れば、その唾液の甘さに脳が痺れる。まるで強力な媚薬のように、舜海の全身を熱く激しく滾らせるその味は、まさに蜜であった。 「千珠……俺が欲しいか」 「……ほしい! ほしいよ……はやく挿れろよっ……ばか……っ!」 「そういう意味とちゃうくて……。俺の子を産めるかって、聞いてんねん」 「へ……」  行為を求められること自体ももちろん嬉しいが、千珠が壬であった以上、これはただの遊びではなくなる。これまでの関係とは、まるで意味合いの違う行為になる。その先に待ち受けるさだめについて、きちんと千珠の意思を聞いておきたかった。 「お前は壬で、俺は丁や。これまでの交わりとはわけが違う。俺がお前を抱くってことは……」 「……それくらい、わかってる!」  途端に鋭くなる声に、舜海は目を瞠る。驚いて腕の中の千珠を見つめてみると、千珠はどこか不機嫌そうな表情でじっと舜海を見据えつつ、熱い吐息交じりにこう言い放った。 「お前以外のやつに抱かれるなんて、俺は真っ平御免なんだよ……! そんなことも分からないのかこの馬鹿!!」 「……馬鹿は余計やろ。ていうことは、お前……俺と」 「いちいち確認しなくてもいいって言ってんだ! お前は、俺のものなんだ! 俺以外の誰かに、指一本触れてみろ、絶対に許さないからな!!」  起き上がった千珠は舜海をきつく睨んで、居丈高に声を上げた。  だが、言い終わるか終わらないかのうちに、大きな目から涙が溢れる。その涙が白い頬を伝って消えてゆきそうになったところを、舜海はそっと唇で受け止めた。塩辛い涙の味さえも、まるで、花の蜜のようである。 「俺の言ってることの意味くらい……分かってんだろ」 「……ああ、そうやな」 「馬鹿やろう!! いちいち言わせるな……馬鹿!」 「……ったく、ほんっまに口の悪い……」  声を荒げたことで感情が高ぶってしまったのか、千珠は本格的に泣き始めてしまう。嗚咽を漏らす千珠の頼りない身体を抱きしめて、舜海はなんども千珠に口づけをした。  優しく啄ばみ、絡めあう柔らかな舌。全身で舜海にしがみつく千珠の腰を支えながら、長い銀髪を書き上げうなじを晒す。  柔らかく脈打つここをひとたび噛めば、壬を支配できるということを、丁は本能的に知っている。無骨な舜海の指の隙間から流れ落ちる銀髪を弄びながら、舜海は狙いを定めるように千珠の首筋を甘噛みしてみた。 「ぁ。あっ……はっ……」 「お望み通り、お前のものになってやる」 「んっ……ン……舜……っ……」 「俺に愛想が尽きても知らんで。俺は絶対に、お前から離れへんからな」 「……ふっ……こっちのせりふだ」  勝気な口調とともに、千珠がふっと微笑むのを感じた。舜海は顔を上げて千珠と額を合わせると、もう一度優しく唇を重ねる。  しんと冷えた廃寺の中、二人の吐息が白く烟った。口付けが徐々に深くなるにつれ、抑えようのない切なげな吐息が闇の中にこだまする。  そして舜海は、とうとう千珠のうなじに牙を立てた。  幾度となく赤い痣を刻んだ白い肌に、今度は確かな痕跡を刻むのだ。壬の肌に刻み込まれた所有痕は生涯消えることがない。それは、『(つがい)』としての絆の証であるからだ。  今後これからは、千珠の香りに誘われるのは、舜海だけ。千珠の盛りに応じて肉体を昂ぶらせるのは、舜海だけとなった。  他の誰をも寄せ付けない、深い深い契約である。 「ぁ、あっ! ぁ、あうっ、ンっ……ハァっ……!」  その後は、箍が外れたように交った。  肌を遮る衣は全て脱ぎ捨て、汗ばみ濡れた肌をぴったりと重ねて、無我夢中で千珠を抱いた。きつくきつく千珠を抱きしめ、熱くとろけた蜜壺に、そそり立つ雄芯を何度も何度も突き立てた。  穿たれるたびに甘く啼き、千珠はいつも以上に妖艶に乱れよがった。舜海の屹立から精を搾り取らんときつく締め付け、四肢の全てで舜海にすがりつく。 「……はぁっ! ぁ! 舜っ……ぁ、あっ、いく、また、いくっ……! あ、あぁ……!」  千珠が達するたび、舜海の背には赤い爪痕が刻まれる。だが、痛みなど感じない。それさえも快楽と錯覚してしまうほどに、番となった壬との行為は蠱惑的なのである。    睦言を囁くことさえ忘れ、舜海はぐったりとした千珠の腰を掴んで再び穿つ。細い腰を掴んで腰を激しく打ちつけると、千珠はされるがままに荒っぽく揺さぶられた。結合部はすでに体液で濡れそぼり、舜海の抽送のたびに溢れる粘着質な音が、生々しくも淫らである。 「はっ……は……もう、出そうや。……千珠、中に……はぁっ……」 「だして、はやく……っ……おれのなかで、だせっ……出せよ……!」 「ふっ……ぅ……。あかん、めっちゃ()い……、っ出る……っ……ンっ……!!」  ひときわ奥深くまで性器を埋め、千珠の胎に精を吐き出す。  びくっ……びくっ……!! と吐精のたびに腰が震えて、大量の体液が放たれる極上の快感に脳が痺れて、舜海はきつく目をつむった。 「はぁっ……はぁっ……は……っ……」  気づけば、みしみしと千珠の腰骨を馬鹿力で掴んでいた。指が食い込むほどに強く掴んでいたせいで、千珠の腰は浮いている。無茶な体勢をとらせてしまったことを詫び、舜海はそっと千珠の秘部から肉棒を抜いた。どろりと溢れ出す体液は、もはやどちらのものか判別のつきようもない。 「……はぁ……すまん、激しくしすぎた。ごめんな……」 「ん……」  千珠は気だるげにまぶたを持ち上げ、頬に張り付く銀髪を指先でよける舜海を、ひたと見上げた。  破れた板壁の隙間から差し込む雪灯りで、千珠の琥珀色の瞳が鮮やかに色づいている。 「舜海……」 「ん……?」 「お前が……俺の番か」 「……ああ、そうや。文句があっても、もう俺から離れられへんで」 「ふっ」  千珠は目を細めて微笑み、重たげに腕を持ち上げた。そして、舜海の乱れた黒髪にそっと指を通して耳にひっかけながら、愛おしげな眼差しを注いでいる。  千珠の情が、伝わってくる。  その手を取って手のひらに唇を寄せると、千珠はまた、くすぐったそうに笑った。   「舜」 「ん?」 「家族になれる、お前と」 「……え?」  あたたかな声色に、舜海は思わずどきりとした。  いつしか、銀色のまつ毛は涙で濡れ、千珠は大粒の涙を流している。 「千珠……」 「家族だ。……お前と、俺と、共に生きることができるんだな」 「……ああ、そうや」 「……嬉しい。舜、おれ、」 「ああ……」  千珠を引き起こして、固く固く抱き締めあった。  孤独に怯え、罪悪感に震えながら戦場で人を斬っていた千珠の姿を思う。か細い腕、小さな背中、頼りないこの双肩に、どれほどの重荷を背負わせてきたか。 「お前を愛してる。……千珠。これからは俺が、お前を守るからな」 「っ……ん……うん……」  泣きじゃくる千珠の背を優しく撫でながら、舜海はもう一度うなじの噛み痕に唇を触れた。  舜海もまた、千珠に出会うまでは孤独だった。唯一無二を欲していた。それが今は、確かにこの腕の中にある。こんなにもあたたかく、強く、まばゆいほどに愛おしい存在が、ここに。  境界もなく深く結びあった連理(れんり)の枝のように、いつまでも共に生きてゆこう――  きら、きらときらめく柔らかな髪を撫でながら、舜海はそっと、千珠の耳元でそう囁いた。

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